第5話 朝の訓練
次の朝。ルイミーさんを起こさないように、自室に置いてある剣を手に取り、そっと外に出る。
「うん、気持ちのいい朝だ」
井戸水で、顔を洗い、鍛錬を始める。
朝の固まった体を順々に解していく。体が活動を始める。存分に解した後、剣を手に取る。
もう何年も使用しているからか、ところどころ刃こぼれや錆が見えていて、グラフからは、新しい剣に変えたほうがいい、といつも言われる。しかし、この剣が一番手に馴染む。
そして、剣の素振りを始めようとしたところで、家の扉が開いた。
見ると、昨日と同じく、赤いローブを纏った(フードはかぶっていない)ルイミーさんが顔を出していた。
「あ、ルイミーさん、おはようございます」
「おはよう。やっぱり、鍛錬をしていたんですね」
「やっぱり?」
「あ、いえ、あー、うるさかったからです。見ていても良いでしょうか?」
「そうですか。えっと、顔を洗うなら、そこに井戸がありますので」
あまりうるさくしていたつもりはないのだけど。謎すぎる。まあ、見ているというならいいか。
剣を上段に構える。腕だけではなく、全身を使って力をためる。そして、剣先がぶれないように、一気に振り下ろす。
『剣を振るときは、剣筋を意識しろ。剣先を意識しろ。一度たりとも、大雑把に振るな』
父に嫌となるほど言われた言葉である。素振りの一本、一振りでも、大雑把に振ってはいけない、癖になるからと、そう習ってきた。今は毎日100回を2セット、振っている。
「振り方が綺麗ですね」
「ありがとうございます」
100回終わって一度構えを崩したタイミングで、ルイミーさんが話しかけてきた。鍛錬中に話しかけずに、待っていてくれたのだろう。毎日剣を振っているので、ある程度は他のことを考えながらでも綺麗に振ることは出来るようになっていたし、別に振りながらでも良かったのに。
「その剣は、誰から教わったのですか?」
「父からです。とはいえ、父に比べると俺もまだまだですけど」
「……そんなことないです。ノモサ君は、剣を振るのが好きなんですね」
「まあ、そうですね。この村では、そこそこ強いですし」
「……」
「ああ、もともと剣を振るのは好きでしたから」
「……」
「……えっと、じゃあ、もう一セットやってきます」
ルイミーさんが黙ってしまったので、鍛錬の続きをしようとした……のだが、いざ始めようとして構えた時に、ルイミーさんがこちらに歩いてきた。
「待ってください」
「え?」
俺は、一度剣を下ろす。
ルイミーさんは、俺の正面、手を伸ばせば届くくらいの距離で立ち止まった。
「後一つ、聞いてもよろしいでしょうか?気楽な、純粋な、単純な、雑談の延長のような質問ですが」
「何ですか?」
「ノモサ。あなたは、この村を出て、剣を極めるつもりはありますか?」
グラフと同じようなことを聞くな、とは思いつつ、昨日グラフに言ったのと同じように答えた。
「いえ、この村から出るつもりもないです。今の生活に満足していますから。剣を極める……まではいかなくても、もっと上手くなりたいっていうのはありますが」
「……そうですか。わかりました。邪魔をしてしまいましたね、ノモサ君。続きをどうぞ」
「?あ、はい」
何となく、引っかかるような言い方が気になったが、俺はそのまま鍛錬を続けることにした。
しかし、ルイミーさんの視線がなぜか気になってしまい、二セット目は何度か剣先がぶれてしまった。父親がここにいたら、ため息をついて、「今日はもうやめとけ。飯にするぞ」とか言われていただろう。
鍛錬を終えると、ルイミーさんが、置いておいたタオルを差し出してくれた。
「お疲れ様です、ノモサ君」
「ありがとうございます」
朝早いとはいえ、家の前を近くの村人が通ることはあるし、声をかけられることはあるのだが、最初から最後まで見られるのはなかなかない。父親が帰ってきた時以来だろうか。
しかも、女性に、となると、さらに稀有である。姉と母、家族を除けば、初めてのことである。だからなのだろう。
俺は、いつも通りに汗をぬぐった後、いつも通りに、井戸水でタオルを濡らし、いつも通りに上半身の服を脱ぎ始めた。
いつも、鍛錬が終わってから水浴び……と言うか、濡らしたタオルで体を拭いている。森で泥だらけになった時や、葉の季節には夜のうちに綺麗にすることもあるが、大体は朝に、昨日一日の汚れを落としている。
今日は、考え事をしていた、というのもある。習慣というのは、怖いものである。
つまり、そこにルイミーさんがいることをすっかり忘れて、服を脱いだ(上半身のみだが)。
「えっ……ちょ、ちょっと、私もいるんですよ、なん、水浴びなら、私のいないところでというか私が家の中に戻りますからまって」
「え?……あ、すいません、つい癖で……」
ルイミーさんは、ローブのフードを被ってこちらを見ないようにしつつ、家の中に戻っていった。
昨日から含めて、一番ルイミーさんの感情が見えた瞬間だった。
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