生きる物語

しりある

読み切り

ある時代の流れの中、木造住宅が連なる3畳ほどの一室に物書きが暮らしていた。窓に向かって小さな机があり、外では朝顔が雨に打たれている。梅雨には部屋中が湿気で満たされ、布団は敷きっぱなしだ。布団の周りはくしゃくしゃの紙で埋め尽くされていた。彼は誰かに語りかけるような独り言が絶えず、近所の住人からは変人呼ばわりされている。

「私はねぇ、書いている時だけ別人になれるんです。宇宙とつながってるようなそんな感じだねぇ。でもねぇ私以外の人は、私のことを変人扱いするんだい。」

そう言って、雨音に耳を澄ませた。

「ほらね。雨は私のことをそんな風には言っちゃいない。周りの人間がいくら私をバカにしようと、軽蔑しようと何も感じはしないんだ。むしろ感謝さえしている。彼らは私を無視することはしないのだから。変人とは言っても私を見て笑ってくれるのだから。私は私でいるだけで周りの人間に笑顔を咲かせているのだ。だから私はこのままでいい。でもねぇ、書いていると、涙が出たり、心臓がドキドキしたり、煮えくり返る気持ちになったり、声を上げて笑ってしまうこともある。」

物語が人を楽しませるように、人が物語に夢中になるように、彼自身が生きる物語のように


「そうして私は雨が止むまで独り言を止めなかったんだ。そうしたら君が出来上がった。」

布団の周りにあったくしゃくしゃの紙は山積みになっていた。そして彼の座るすぐそばには整頓され、綺麗に積み重ねられた幅30㎝程の紙の束があった。

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