第9話 新しい道を示す

先生は、私をかってくれていた。部長になったことがそうだ。


割と都内では有名な合唱の強豪校だったので部長はほぼ確実に推薦で音大に進学していた。

小鳩先生が顧問を持ってから初めての音大以外の大学に進学したものだから、OGたちから結構質問攻めにあっていたのだろう。

なぜいまからという気持ちが強いのかもしれない。


「実は、」


そこからは両親の死と、宝くじのこと。

家のリフォームのことと憧れている歌い手という文化についてひたすらに語った。


先生が入れてくれた紅茶が冷めてしまうくらいには語った。


「つまり昔は金銭的な事もあって歌を諦めたけど、今出来そうだから行動してみるってことか」

「はい。ネットでは流行になってからそこそこ経つかもしれません、でもこれからもっともっと大きな流れになる。その波に私も乗りたい。そしてそのための第一歩でボイトレなんです」

「そうか、前向きに歌に取り組むなら拒否も否定もしない。連絡先を渡すから自分で電話してみるといい。一応私の紹介で生徒をひとり任せるとは言っているから」

「ありがとうございます!」


教えてくれたボイトレの先生はなかなかクセが強い人らしい。

それでも実力は一級品で、去年まで有名スクールでトレーナーをしていたという。

フリーになっても人気らしく、週に一回のレッスンは難しいかもしれないとのこと。

なんで、そんなにも人気な人に紹介してくれたのか聞いてみたくなった。

私がどれほどの実力とポテンショナルを持っているかなんて今はわからないのに。


「なんで、そこまでしてくれるんですか?もう歌から二年も遠ざかってるのに」

「私はけっこう葵の歌が好きなんだ。これからたくさん聞く機会があるかと思うと楽しみだな」

「チャンネル作ったり、動画投稿したら連絡します!」

「ああ、楽しみにしてる」


小鳩先生はそう言ってから私の頭を撫でてくれた。

部長として、もがきながらも全国大会に出場したとき。同期と喧嘩したとき、全国大会で金賞を受賞したとき。

様々な自分の節目と言える場面で先生は私の頭を撫でた。

そしてこういうのだ


『葵、これが君が頑張った結果だろう。むねをはれ。部長として丸めた背中を部員に見せるな』


その言葉で背筋を伸ばしたことは本当にいい思い出だ。


「葵」

「はい?」

「これから、頑張るんだな」

「はい!」


優しくも厳しいの視線で背筋が伸びる。

そう、先生には頑張った結果を見せたいのだ。

笑って、また来ますと告げて、学校を出た。

学生時代に歩いた道は店が変わったりしていて同じ道ではないけれど、今ここからリスタートだと強く実感した。

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