桜の樹の下には、愛する人が埋まっている

往生に見上げ

 桜の木の下にはね、

 知ってるよ。死体だろ

 そう。死体が埋まっているの。どうしてだと思う?

 知るか。俺はあの人を理解できるほど感性豊かじゃあないんだ


 女は男の答えに微笑んだ。薄く紅の引かれた唇と血色の良い頬は桜を彷彿とさせる。


 私は好きよ。あの人の書く文章って、誰にも平等な日常から溢れてしまったみたいで

 あぁ、相変わらず素敵な感性をお持ちだ。逆に聞いてやる。なんでだと思うんだ、あなたは

 ……笑わないで聞いてちょうだいね?私、死んだら桜の下に行きたいわ

 そりゃあどういうことだ?凡人に理解できるように言ってくれ

 人が花見を楽しむのは、桜と目が合うからなのよ。桜の花は、下を向いて咲くんだもの

 つまり、桜の下なら死人も花見が出来るって?

 えぇ。それも、最高の特等席ね


 男の隣で女は月明かりがぼんやり照らす夜桜を見上げた。


 ……桜の真下じゃあ、生者に横取りされるだろう。まさか誰も本気で、桜の下に死体があると思わん

 まあ、浪漫ろまんのない人

 あぁ、結構、結構


 流れた雲に空はかげり、青く影に浮かぶ女の輪郭のなんとも言えぬ妖艶さ。


 *


 かつての香を懐かしみながら、老いた男は桜の下に腰を下ろした。


「ほら、生者は簡単にお前の花見を邪魔できるぞ」


 ぬるい夜風と共に、撫でられた花弁が肩に落ちる。


『桜の花は、下を向いて咲くんだもの。』


「なら桜は、死んだお前を惜しんで俯いてるんだろうよ。なぁ、」



 男は桜を見上げた。


 彼女の上に生きるそれは、かつての血色の良い頬を彷彿とさせた。

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