私を買っていただけますか

箱入り娘

 とある村。この村には有名な娘がいる。村一番の別嬪べっぴんと噂だが、村人の誰一人その素顔を見た者は存在しない。謎に包まれた娘だ。


 人々は彼女を、〝箱入り娘〟という。ただそれは秘蔵の娘という意味でなく、村人に唯一知られる特徴だ。もっとも、娘は箱に入れられているらしい。正面にリンゴ大の丸い穴が空いた、人一人入る程度の木箱。噂によると、その穴を通じて娘は、彼女を一目見ようと訪れた男の奉仕をするとか。私も男ゆえ、噂を聞いたその日から、己をどうしてもらおうかと思いを馳せ、苦しい夜を過ごすのだ。


 今日、私はいよいよ彼女のもとへ赴く。箱入り娘の家は村の隅にひっそりある質素な屋敷。門前にはずらァと男の行列があった。圧倒されながら並ぶ最後尾、私を見た前に並ぶ男が話しかけてくる。


「お前さん、今日初めてだろ」

「ええ。どうも、噂が気になりまして」

「そうかい、そうかい。色男が、若ぇのにいい趣味してるじゃねえか。ンなら咥えてもらえ。そこらの遊女より上手いぞ」

「詳しいンですねえ。常連ですか」

「いやあ、まあ、今日が三度目だ。お前さん、女房がいるなら帰った方がいい。戻れなくなるからな」

「へえ、そんなに」

「あぁ、おれは今日本番だ」


 横を行く男どもは、皆満足そうに帰っていく。聞こえてくる会話にも評判通りの言葉が目立つ。そうしているうちに、前の男の番になる。次は私の番。先に待つ快感に身が震える。戸が閉まって、しばらくして薄い土壁から欲を打ちつける音が漏れ出る。


 どれほど経ったろう。同じように艶を良くした先程の男が帰ってくる。


「じゃあな、楽しめよ若造」


 背中を気前よく叩かれ、私は質素な門を潜る。


 広いとは言えぬ一部屋。仄暗いその中心、噂通りの箱が重厚に佇んでいる。前には小さな賽銭箱。甘い香が焚かれた、異質な空間。賽銭箱には、奉仕内容の金額があった。今回の額を入れると、木箱からこんこんと合図が叩かれた。


 そっと、穴に陰茎を挿し込むと、一拍おいてそれに娘の指が触れた。温い吐息がかかり、焦らすように舌が這う。娘の姿が見えないのも、余計己の欲を煽った。なるほど確かに、これは癖になる。果てても萎えないそれを、娘は再度咥えて。逃げれぬことを知りながら、痺れるような快楽に腰が引く。ただどうしても、娘は本当に話さなかった。熱っぽい水音と己の心臓の音だけが聞こえる空間。


「……もしもし、娘さん。声は、聞かせてはくれませんか」

「……………」


 返事はない。ただ、咥えていた熱が離れるのがわかった。合わせて、私もそれを抜く。


「私は、貴女と話をしてみたいのですが、いくらでしょう」


 また沈黙の後、か細い声が薄らと聞こえた。


「……要りません」


 声は少しれているようだった。風鈴を鳴らす風のような、飴玉のような声。驚き黙っていると、娘は戸惑ったように言う。


「何を、お話いたしましょう?」


 私は、少し考えてから言った。


「どうして、箱に?」

「……両親が、わたくしを気に食わないようなのです。他の姉に比べ醜いと」

「まぁ。……姿は見えませぬが、美しい声をお持ちではないですか」

「声など無価値ですわ。いずれ誤魔化しも効かなくなりますゆえ。わたくしは、箱入り娘を演ずる他ないのです」

「どうして、そう無理してまでこうするのです」

「無理はしていませんわ。姉は皆花魁です。醜いわたくしにはできませんから、代わりの仕事がこれなのです」

「はあ。……別の仕事は、できないのですか?」

「恥、だそうですの」


 ふふ、と柔らかく笑う気配がする。


「貴方のようなお客様は初めてですわ。どうです、わたくし、貴方を満足させられたでしょうか?」


 見えないとわかっていて、それでいて頷いて答える。


「──えぇ、とても。そこらの遊女よりも良かった。私よりも、私らのよろこぶ場所を知っているようだ」


 言うと得意気に、そうでしょう、と娘は笑ったようだ。


「そりゃあ、自分のことは、自分がよく知っていますわ」


 ふ、と疑問を返そうとすると、娘の可憐な声に遮られる。


「気に入っていただけたなら、次は本番においでくださいな。わたくしを助けると思って、ね。大丈夫。……どうせ、子なぞできませんもの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る