たとえそれが裏切りとなっても、それでもおれは耐えられなかったのです。

姉は食えない

 村は、壊滅状態だった。干ばつにより田は干上がり、貯蓄の作物は底を尽き、年寄りが、幼子が、バッタバッタと倒れていく。


「だめだあ、だめだあ。こっちの畑もやられちまったよォ」

「うちも米が底ついちまったよ。このままじゃあ、みんな死んじまう」

「水神様がお怒りだ。お供えがねえがらお怒りなんだァ。贄が、生贄が必要だ」

「健康で若い者を捧げよう、村一番の別嬪べっぴんを」

「そんなら夜船よふねの娘がいい。あの娘は足が悪いから、逃げようなんてできんだろうよ」


 大人たちの非道な会話に血が冷える。煮え立った気を抑え込んで僕は姉の待つ家に逃げるように帰って。


「ねぇさん、逃げよう。ねぇさん、死んじまうよ。クソジジイ共に殺されるよ」


 横たわる姉は落ち着いていて、おれの髪をさらりと撫でる。


「どうしたの、そんなに口が悪いと父さんも母さんもお空できっと泣いてしまう」

「いい、いい、ねぇさんが死んじまうくらいなら、おれが不良になるよ。それで、父さんと母さんに、雨降らせてもらうんだ」

「だめよ。ね、ずっといい子でいるって約束でしょう。ずっとお天気なのは、父さんも母さんもずっと笑顔ってことよ。そっちの方が、ずぅっといいでしょう」

「違う、違うんだよねぇさん、お願いだよ……」


 夜が明けて、家に爺が土足で踏み入る。おれは取り押さえられて、足の悪い姉は呆気なく連れていかれる。


 村一番大きな家に、村中のお偉いが集う。姉を生贄にする会議。端麗たんれいな姫を囲う汚い溝鼠どぶねずみの図。虫唾むしずが走る。


「──いいでしょう、わたし一人のからだでみなが救われるのならば、そんなに誇らしいことはありません」


 姉は生贄を承諾した。溝鼠どぶねずみの利益のために、姫が命を奪われた。空想の水神に捧げられた人柱。おれの、たった一人の家族。


 翌日の村人の顔は晴れていた。


 雨だ。雨が降ってきた。悪意のような晴天を覆い隠し、全てを浄化する恵みの雨が。おれは崩れ落ちた。泥人形のように顔が歪む。


 なあ水神よ、やめてくれ、返してくれ。土臭い雨を身にまとい、羽ばたく鳥のように風を受けて。大地に身を委ねるように。姉を想って。口に入った雨は薄く塩っぱい。


 降り続けた雨は地を潤し、生き返った土壌は植物に命を与えた。御伽噺おとぎばなしの手本のように、村は救われた。人々は飢えから逃れ、村は活気を取り戻して。


 目の前に出された村の新米を、採れたての野菜を見て吐き気がしたから、おれは餓死を選ぶことにした。

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