夏は砂糖の味がする

びいどろの味は

なぁそれ、いらないならくれるかい


 男はその骨っぽい指を少年の手元に向けてそう言った。


これ?別に、いいよ


 少年は怪訝な顔でそれを男に手渡した。空になったラムネ瓶。その窪んだ中心で、からんと涼しげな音。男は笑って受け取って、己の座るコンクリートで器用に瓶を割った。ころ、と出てきた硝子の球体を、眩しそうに夏の太陽にかざして笑みを深める。


そんなのがいいの?よくわかんないや


これは傷さえも己の美しさにできる宝石さ。それに、決まって夏の匂いがする。俺は美しく思うよ


ふぅん。綺麗なのは分かるけどさ。飲むのに邪魔なだけじゃんか、そんなの。匂いなんてしないよ


ハハ、嫌なこどもだな、君は


 *


「びいだま、いらないのか?」


「うん。ラムネ、飲みにくいもん」


 男は可笑しそうに笑って、顔を顰めた少年を見つめた。


「父さんそっくりだな。確かに、嫌なこどもだ。……いらないなら、父さんにくれるか」


「……こんなのが欲しいの?いいけどさ」


 空のラムネ瓶を男に押し付け、少年は駆けていく。割れた瓶と、からんと涼しい夏の音。その小さな宝石に凝縮された太陽に、男は微笑んだ。


「夏の匂い……か。俺には、まだわからん」


 幼い頃の探究心が、男の心をくすぐって。男は、ベタついた夏の宝石を口に含んだ。つるりとしたそれを舌で転がして、爽やかな砂糖の甘さが鼻を抜けていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る