第21話 着物の袂を自分でカットして筒袖にする 👘
五月が来てお良の憂うつは少し翳をひそめた。というのも
母屋の裏の蚕室開きと共に若夫婦の居間も開放するように言われたふたりは荷物をまとめて土蔵の二階に移る。かび臭さが気にならないでもなかったが、お良は「おかいこさま」と敬称で呼ばれる養蚕の仕事を間近にできるのがうれしかった。養蚕好きな愛蔵をサポートすれば、自分の居場所ができるかも知れないと期待が高まる。
お良はどうしたら家の役に立てるか全身全霊で考えた。これまでの自分は無為徒食の厄介者でしかなく、とうてい家族として一人前の役割を果たせていなかった。そういう自分に自信が持てないことが悲しかったし、だれも自分に期待していない現実が生きる張り合いを奪っていた。間近に迫る山並みにも嘲われているような気がして。
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静から動へと季節が動くいまこそ、そういう立ち位置を変換させるチャンスだ。もともと木登りが得意で並み外れて活発な少女の自分だったではないか。なんでも言うがままになる人形のような嫁ではなく、ひとりの人間として、ひとつの重要な労働力として、家の内外で認めてもらうには、ここで自分なりの変革を遂げるしかない。
――この際、わたしなりに思いきったイノベーションを図ろう。ヾ(@⌒ー⌒@)ノ
即決即断のお良は、なにをするにもひらひらと邪魔だった着物の袖をカットする。中途半端なことは性に合わないので、元禄袖よりさらに短くして豊壽叔母がまとっていた洋服の袖に近いほど、腕のラインに添った筒袖に縫い直した。下層階級の労働着と同じ形状になったが気にならず、いまのお良は、かえって働く女の誇りを感じる。
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何事にも思いきりのいい妻の個性を呆れつつ受け入れていた愛蔵は、着物と洋服の中間のような珍妙な格好に驚いたふうだったが、口から出たのはいつもの淡白な調子の「まあ、それもいいだろう。うまくすれば、この村の女衆のハシリになるかも知れん」だったので、頭からの反対を覚悟だったお良は、むしろ拍子抜けの感じだった。
舅でもある安兵衛は同じく驚きの目を見張りはしたもののさすがのふところで鷹揚にうなずいてくれたが、控えめながら抵抗を示したのは、姑でもある義姉だった。「おやまあ、お良さ(さんではなく、さと呼ばれることにも、ようやく慣れて来た)ともあろうおひとが下働きのような……相馬家の嫁としてどういうものずらいのう」
珍しく言葉を尽くして嫁の考えちがいをあらためさせようとする本気度を知って、お良は驚くやら肚の底を冷やすやらだったが、かと言って自分が着るものの強制まで受け入れられるわけがなくて「すみません、多忙な時期にみなさんのお仕事の邪魔にならないようにしたいので、どうかお願いします」頭を下げて納得してもらった。
(義姉さまはわたしが襦袢の下にズロースを穿いていることもお気に召さないようだが、いちいち裾を気にしていては、非効率なことこのうえない。筒袖も働きやすさを考えてのもの、そのうちに分かってくださるはずだわ。とかく村では旧習が重んじられがちだけど、いままでがそうだったからこれからもというのでは進歩がないもの)
なるべく波風を立てたくないとは思いながらも、ただ素直に「はいはい」とばかり言っていられない。この家では大先輩の義姉も、明治女学校など世間一般から見ればむしろ大後進もいいところで、敬愛する才媛の知人をたくさん持つ自分が黙って従うにはどうしたって無理がある。お良はそう感じる自分を否定するつもりはなかった。
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