第11話 裏ぎりへの意趣返しで結婚を決意 🧩



 その布施淡がとつぜんフェリス女学院の同窓・加藤豊世と婚約したことを人づてに聞いたお良は天地がひっくり返るほどの驚愕を覚えた。まさに怒髪天を突いたのはふたりに騙されたという事実だった。というのも、どちらも自分と親しいと思いこんでいたふたりがふたりとも、お良にはさいごまでなにも告げようとしなかったので。


 ――許せない、絶対に!! (=゚ω゚)ノ


 元仙台藩士の末裔のプライドを捨てきれないお良にとってこれ以上の屈辱はない。このわたしがみんなから除け者にされ、かげで嘲笑の的にされていたというのか?! なにゆえにそんな目に遭わねばならないのだ。そんなにひどい罰を受けるような悪事をわたしが働いたというのか。これこれこうとわたしの罪を並べてみせて欲しい。


(それにしても、鎌倉・江の島旅行のときからふたりが惹かれ合っていたなんて知らなかった。わたしがよほど鈍感なのか、それともふたりが姑息なのか。そうよ、鈍感なわたしをまんまとだました方がわるい。端的に言って、ふたりとも人がわるい)


 高等小学校の運動場で見染めて以来、同じ武家出身として布施とはだれも間に入る隙がないような親密なつきあいをして来たつもりだった。もうひとりの男ともだちと三人で江ノ島方面に旅行をしたことが発覚して寄宿舎の舎監に叱られたこともある。そのうえ手紙の往復、これはかなり頻繁で、やはり英国人の舎監から注意された。



      *



 だが、いまになって分かるのは、それ以上ではなかったということだった。名前のとおりすべてに淡白な淡に恋の熱情を寄せたことは一度もなかったような気がする。冷静に振り返ればそれだけの関係だったわけだが、まんまと後輩に持って行かれたとなると話は別で、採り逃した魚の美点ばかりが思い出されて口惜しくてならない。


 ――そうだ、ふたりを出し抜いてやろう!!


 持ち前の負けじ魂は深手を負った自分を救う方向に大きく傾く。この際、じつの兄以上に気にかけてくれている島貫兵太夫が紹介してくれた信濃の養蚕家・相馬愛蔵との縁談を一気に進めよう。見るからに飄々とした質が恋の対象になり得ないことは淡の場合と同じだが、いまはそれはどうでもいい、大事なのは一歩先んじることだ。


 いずれ菖蒲か杜若と咲き競う明治女学校で若い教師のだれからも声がかからないのをいいことに可愛げのない生意気な学生を押し通したのも、将来が不安な画家志望の淡との仲を積極的に進展させなかったのも、ひとえに貧乏暮らしを忌避したいがゆえだったが、そんな自分を認められるほど当時のお良は大人になっていなかった。



      *



 本当のことを言えば、結婚を急がせた理由がもうひとつあった。筆一本で食べていかれる閨秀作家になりたい。仙台を発つときからの野望が適えられそうもないと思い知ったからである。同世代の樋口一葉が一躍脚光を浴び出しているのに自分は……。残念ながらポエムより実践好きな体質がこの先も変わることはあり得ないだろう。


 樋口一葉といえば没後に克明な日記が発掘されて話題になった。小間物屋を営む仕舞屋には恋人の半井桃水以外にも名だたる文人仲間が集まって文学論議に花を咲かせていたようだが、そこに記されて当然の島崎藤村の名前だけが見当たらないらしい。ということはまさかのことに一葉に対しても「石炭ガラ」は……お良は疑っていた。




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