お菓子もハタチになってから
@2kudani
お菓子もハタチになってから
2073年 リニアモーターカーの中
「すみません、ガム噛むのやめてもらっていいですか?」
「え?」
虚を突かれた思いがした。え?なんで?
「子どもが見てますので...」
女性...隣に座っている小さな子の母親だろう。すがるような目で私を見てくる。
「いやしかし、これはシュガーレスガムですよ。」
とまどいながらも反論する私。しかし...
「...」
母親は目を逸らしてくれない。仕方がない...
「ええと、わかりましたよ。喫糖所に行きますから。ちょっと前、通してください。」
「すみません...」
そう言いながら母親と子は足をずらした。こちらに非はないはずだが、なぜか罪悪感が湧いてくる。
窓際席を予約できたからラッキーだと思ってたが、こういうときは参るな。
狭苦しい喫糖所についた。せっかく堂々と糖分が摂れる所に来たことだし、今開けてしまうか...
背広の内ポケットから小さなハコを取り出す。
ボンタンアメ、を再現して自分で作ったもの。パッケージは手書き。口に放り込むと懐かしい風味が口の中に広がる。あ、あま。我ながらいい出来だ。やっぱこれだね。昔は旅のお供にこういう甘いお菓子はつきものだったというのに。今じゃ気軽に味わえない。
いつからだったか、砂糖がタバコのような扱いを受けだしたのは。もっとも、最近の若者には「タバコ」が何か分からないかもしれない。今の日本ではタバコの所持、製造、もちろん吸引も完全に違法だ。禁止には相当な反対運動があったが、いまや影も形もない。国際世論とその圧力に日本は逆らえなかった。莫大なタバコ税収を手放してまでタバコ禁止に踏み切った。そして失った税収を補うために政府が目をつけたのは砂糖だった。少しずつ、少しずつ、砂糖に税金が課され、年齢制限が課され、我々甘党の肩身は狭くなり...はぁ...。
確かに砂糖を食べなくても生きていける。贅沢品と言われればそれまでなのだろう。しかしこれでは貴族しか砂糖を味わえなかった中世まで時代が逆行しているみたいじゃないか。前時代的というか退廃的というか。金のためとはいえここまでやっていいのか?確かに規制前に比べて虫歯も糖尿病も患者が減ったらしい。しかしこれでは生きる楽しみが...
今のところ禁止まではされていないが、タバコの二の舞いにならないとは限らない...不安な気持ちがボンタンアメをもうひとつ、私の口に放り込ませた。あま。そんな時、喫糖所に新しい客が来た。狭い室内がさらに狭くなる。若い青年だ。ポケットから出したのは、ハイチュウ。
「ハイチュウ!?」
驚きのあまりつい、大声を出してしまった。おかげで青年を驚かせてしまっただろう。とりあえず謝らねば。
「すまないね。久々に見たもんだから...」
「いえ、驚かれるのは初めてじゃないんで大丈夫ですよ。しかし、そんなに珍しいんですか、これ。」
珍しい、珍しいとも。ハイチュウは真っ先にパブリックエネミーに仕立て上げられ、生産中止に追い込まれたのだ。まるで全ての虫歯の元凶みたいに言われていた。今じゃ全然手に入らない。
「もう新品は手に入らなくなってしばらく経つからね。しばらく食べてないよ。いやあ懐かしいな。」
ん?よく見るとパッケージにかなり年季が入っている。
「ああ、これは父から随分前にもらったもんなんですよ。」
「え?じゃあ賞味期限とかは大丈夫なのかね?」
「いや、パッケージだけです。中身は自作してるんですよ。」
「自作!?いや若いのに大したものだ...」
お世辞で言ったのではない。ハイチュウの再現は簡単ではない。私も試みたが出来なかった。今や甘い菓子のレシピを共有すると罪に問われる。ネットに上げたりしたら警官が家に踏み込んでくるだろう。つまり、貴重な砂糖を消費しながら研究し、自力でたどり着くしかないのだ。難易度はかなり高い。それをやってのけたのか...もしくは、まさかダークウェブとか?聞かずにはいられなかった。
「レシピは?ご自分で開発なさったのかね?」
「いえ、父から教わったんです。そして父も祖父から。」
「一族秘伝のハイチュウということか...」
ゴクリ。思わず唾を飲んでしまった。
「よかったらひと粒どうですか。」
恐らく私の目が血走っていたのだろう。青年が気を遣ってくれた。いやしかし、ここは年上の大人として遠慮しておくべきだろう。
「マジ!?ありがとね!!」
だめだ。欲望には逆らえなかった。青年にはお礼にボンタンアメをあげた。フェアなトレードとは言えないかもしれないが...私はハイチュウを口に放り込んだ。
「う、うま...」
絶妙にバランスの取れた甘酸っぱさ、少しわざとらしいフルーティさ、そしてとってもジューシー...。うわハイチュウだこれ。すっげえ。何か涙でてきちゃった。年上としての威厳も何もない。青年にドン引きされてしまったかもしれない。だが美味しい。懐かしい。しかも自分の好きな青りんご味だ。たまらない。すっかり取り乱してしまった。恐る恐る青年の方を見る。すると、
「これ!あれですね!」
ボンタンアメを食べながら、青年の方も何やら驚いている。
「これボンタンアメってやつですか?」
「そ、そうだよ。よくわかったね。」
「小さい頃、おばあちゃ...祖母に食べさせて貰いました。祖母がこれ大好きだったんです。」
「へえ。君のおばあちゃんとは趣味が合うね。元気なのかい?」
「いや、それが...最近認知症になってしまって、今は施設で暮らしてるんです。今は会いに行く途中で。」
なんと。おばあちゃん想いのいい青年ではないか。
しかし施設暮らしか、健康のためという名目で甘いものはほぼ食べられないのだろうな...
「そうだったのかい...それじゃこれをおばあちゃんに食べさせてあげなさい。」
そう言いながら、私は残りのボンタンアメを差し出した。
「そんな!受け取れません!」
「いや、あんなにうまいハイチュウを食べさせてくれたお礼だよ。受け取ってくれ。また作ればいいから。」
「いやでも...あ、そうだ!」
青年は何かを思いついたようで、こう続けた。
「それじゃレシピの交換しませんか!」
「おい!」
思わず青年の口を塞いでしまった。声が大きい!レシピの共有は罪に問われるというのに。老いぼれの私はいい。だが、この青年の未来はどうなる。レシピの書かれた紙きれを警官に見られるだけでもムショ行きなのだ。私は小声で諭すように言った。
「めったなことを言うもんじゃない。バレたら大変なことになる。君も分かっているだろう?」
「いやでも、みんなやってますよ。多分。」
「そういう問題じゃ...」
「大丈夫ですよ。口伝えなら。」
口伝え?暗記するということか。確かにそれなら危険は少ない。いやしかし私ももう歳だ。覚えきれるかどうか...。そもそも勉強は苦手な方だし。う〜む。
「じゃ行きますよ。まずSを40グラム...」
悩む私を押し切るように、青年はレシピを暗唱しだした。ええい、こうなれば必死で覚えるしかない。50年前のセンター試験の英語のリスニングテストより私は必死に聞き取った。
「はい。これで終わりです。じゃ、暗唱してみてください。」
「え、今?」
「じゃないと間違いを修正できないじゃないですか。」
「た、たしかに。ええとまずSを...」
ボイスレコーダーじゃないんだから、そんなにすぐ覚えられない。こりゃ何回も聞き直すことになるな。
「完璧です!よく一回で覚えられましたね。」
え?どうやら覚えてたらしい。いやそんなに頭は良くない方なんだが、もしかして大好きなお菓子に関することだからだろうか。
「いや自分でも驚いてるよ。じゃあ次はこちらの番だね。」
「はい!お願いします!」
だから声が大きいって...
僕は駅からまず実家に帰り、そこから施設に車を走らせていた。最近は仕事が忙しくて、あまり行けていない。いや、正直に言うと休みの日はまあまああった。ただ、僕が会いに行ってもおばあちゃんは最近は無反応なことが多かった。会いに行ってもしょうがないか、なんて考えちゃったりして...いや久しぶりに会うからこそ、笑顔でなければ。今回はおみやげもあるし。さっき実家で作った特別なおみやげが。
「おばあちゃん!来たよ!」
おばあちゃんは窓辺に視線をやったまま、動かない。
「お孫さん、気を落とさんでください。最近はどなたがいらしてもこんな感じなんです。」
施設の職員さんが気を遣って声を掛けてくれた。
「ええ、大丈夫ですよ。」
少しの間、とても静かな時間が流れた。
「じゃ、何かあれば声かけてください。」
「はい。ありがとうございます。」
職員さんが立ち去った。今がチャンスだ。
「おばあちゃん、これ食べて。」
餅っぽいお菓子だから、喉につまらないようにかなり細かく切ってある。それをおばあちゃんの口に入れてあげた。ちゃんと咀嚼している。よかった。
「こ、こりゃ」
おばあちゃんの声を聞いたのは久しぶりだ。思い出のモノで刺激すると認知症改善のきっかけになるってのは本当だったんだ!
「もうひとつ貰えないかい。」
「たくさんあるよ。おばあちゃん!」
「孫に分けてやりてえんです。」
僕の心と体は数秒凍ってしまった。もう目の前に居るのが誰かも分からないんだ。でもそんな状態になっても、まだ僕のことを想ってくれている。
「まだ、たくさんあるから。」
言葉に詰まってしまった。それしか言えなかった。
その後も、いくつかおばあちゃんの口に入れてあげた。
おばあちゃんの手にも持たせてあげたが、離そうとしない。おそらく後で「孫」に分けてあげるためだろう。しかし、職員さんに見つかれば取り上げられてしまうだろう。
「それじゃ、この袋に入れておくから。ね?」
袋を見せながらそう言うと、おばあちゃんは手を離してくれた。
袋というのはお守りだ。他の誰かが昔持ってきてくれただろうお守り。中身を見るのは罰当たりなことらしいが仕方がない。他に隠せそうなものはなかった。そもそも本当に神様なんているのだろうか。いくら祈ってもおばあちゃんの病は良くならない。それどころか悪化し続けている。少しずつ、おばあちゃんはおばあちゃんでなくなっていく。
施設からの帰り道、車内でボンタンアメを食べた。おばあちゃんとの思い出が蘇ってくる。ボンタンアメに似たセピア色の思い出。視界がにじんで前がよく見えないから、近くのコンビニに車を停めた。
どれくらい経っただろう。しばらくすると、コンコンと窓ガラスを叩く音がした。振り向くと、あのおじいさんだった。
「大丈夫かい?ぐったりしてるようだったから。」
「ああ!ええ、大丈夫です。同じ駅だったんですね。降りたの。」
「そうだね。こっちは葬式の帰り道でね。大丈夫ならいいんだ。それじゃあ気をつけて。」
「あの!良かったら駅まで乗っていきませんか。」
「え?いいのかい?バスで帰ろうと思ってたから助かるけど。」
「ええ!どうぞ!」
「悪いね。燃料代くらいは出させてくれ。」
「気にしないでください。レシピを教えてもらったお礼です。」
「それはお互い様じゃないか。あと、なんのレシピだかは言わないほうがいい。ドラレコがあるからね。」
「余計に怪しくないですか。それ。」
「ハハハ、確かに。ところで提案なんだが、ちょっと寄り道してくれないかい。」
「いいですよ。どこですか?」
「今帰り道を検索していたら、どうも近くの公園でやってるらしいんだ。チョコ食べ比べフェス。」
「マジすか!行きましょ!!あれ?でもお葬式のあとにフェスなんて行っていいんですか?」
「いや〜チョコなんて久しぶりだなあ。」
あ、聞こえてないフリだな。まあいいか。
チョコフェスからの帰り道、僕は施設であったことをおじいさんに話した。するとおじいさんはこう答えた。
「泣くほど自分のことを想ってくれる人がいるなんて、おばあちゃんは幸せ者じゃないかね?」
僕は何も答えられない。あの状態のおばあちゃんを幸せ者と言えるのだろうか。おじいさんはこう続けた。
「今日は職場の上司の葬式だったんだ。誰も泣いていなかった。みんな人前だから涙を堪えていたのかな?でも私にはそうは見えなかった。私が死んでも同じだろう。職業柄、人に嫌われるし敵も多いからね。それに比べたら君のおばあちゃんは素敵な人生を送ってきたんだと思うよ。我々と比べるのがおこがましい位にね。」
おじいさんは外の景色を観ながらそう言った。
「じゃあ、おじいさんが死んだ時は僕が泣いてあげますよ。」
「え?」
「チョコを奢ってもらったお礼です。」
「ハハハ...ありがとう。」
そんなことを話しながら僕もおじいさんもチョコをかじる手が止まらない。
車の窓からフェスの様子が見える。まだかなり賑わっているようだ。その様子を見ながらおじいさんは呟いた。
「やっぱりお菓子っていいものだな。」
ある日、ある政治家の葬儀が行われた。生前、彼は砂糖の規制に反対した。特に晩年は精力的に活動した。自らが所属する党の方針に逆らい、そのせいで味方は少なく敵は多かった。葬儀に参列する政治家はわずかだった。しかし、全国各地から大勢の参列客が訪れた。献花台には花の代わりに大量の菓子が供えられた。その中にはボンタンアメもあったという。
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