第14話 将来の夢
女王が死んでからは脅威らしい脅威は現れなかった。ゴブリン女王の住処に出来た穴からなだれ込んで来たゴブリンたちを全滅させて、そのまま外へ出てみるとアヴェリーは難なく襲ってくるゴブリンたちを的確な槍裁きで処理していた。
確かに彼女の速度はゴブリンに比べると倍以上早いが、だとしても的確なタスクを実行するには並ならぬ胆力が必要となるはずだ。ゴブリンだけではなく狼の団体を相手に戦った経験が役に立っていると言えばそれまでなのだが、実際に槍を握ってから数日しか経ってないぞ。
これはアヴェリーが元から持っていた才能なのか、それとも女神ヴァロリアの恩恵がアヴェリーにそれほどの力をもたらしてくれているのか。両方が相乗効果を発揮している可能性もある。
どちらにせよ私がやることは変わらないが。彼女に例え才能がなかったら私は別の道へと彼女を導くまでのことだったから。
アヴェリーが的確な動きで接近してくるゴブリンたちを倒している間に私は魔法で彼女に殺到するゴブリンの数を減らした。どれくらいそれを続けたんだろうか。日が暮れて、空には明るい月が浮かんでいる。
アヴェリーのHPは殆ど減ってない。私のHPは、自己再生のおかげなのか、今はほぼ回復し終わっている。戦いの中で回復していたんだろう。
私と違って接近戦をしていたため、返り血で全身がびしょ濡れなアヴェリー。ゴブリンの血は、ただの血なのでそのままでも病気になったりはしない、なんて鑑定さんの説明では書かれてあるのだが。
アヴェリーは丸太の上に座って息を整っていた。やがて落ち着いたアヴェリーに向かって飛んでいき、彼女の顔の真正面で飛びながら私から先に話しかけた。
「アヴェリー、大丈夫?どこか痛いところはない?」
「うん、私は大丈夫だよ。二クスこそ、大丈夫なの?」
「少しだけしくじったけど、今は大丈夫。ほら、ぴんぴんしている。」
空中で旋回して見せる。
「なら良かった。」
アヴェリーは自然な笑みを浮かべた。本当に心配していたことが伝わってくる。
「私のこと、助けようとしていたの?」
「二クスにたくさん助けてもらってるし。これくらいはしないと。」
「アヴェリーにそんな風に返してもらいたくて助けたわけじゃないんだからさ。今はただ甘えるだけでいいんだよ。」
そう言うとアヴェリーは私に向かって手を伸ばしてから引っ込めた。
「撫でないの?」
「血で汚れてるから。水、出してくれない?洗いたい。」
「たくさん出して上から一気に被せたほうがいい?それとも水玉を浮かせようか。」
「上から被せて。結構動いたから、体がまだ暑いの。」
「わかった。」
アヴェリーの頭上に大きな水の玉を出現させて、それを浮かせる魔力を解く。するとばしゃんと落ちて、たくさんついていた血を洗い流す。
「もう一回。」
言われた通りもう一回同じことを繰り返す。
「もう一回?」
私から聞いてみると頷いたので繰り返す。
「お風呂に入った方が良かったかも。」
そう言うとアヴェリーは首を傾げた。
「お風呂って何?」
「大きな桶の中とかに入って、湯船に体全体を浸かることだよ。村では風呂に入ってなかったの?」
「水浴びしかしたことない。湯船って、お湯?」
「そう。暖かい水に浸かると気持ちいいよ。暖かさに包まれる感覚。想像してみて。」
「興味あるかも。」
「町にはそういうのない?」
ありそうなものなんだが。魔法もあるんだから。単純にそういう文化がないかも知れないが。
「何年か前に一回だけ、村の人たちと一緒に行ったことあるんだけど、そういうのはなかったかな。見たことがないだけかも知れないけど。お金持ちの人なら持ってるかも。」
「貴族とか?」
「貴族ってお金持ち?」
「なんじゃないかな。」
アヴェリーはまあ、見た目通りの年齢だし、知らないことが多いのは仕方がない。
「二クスってなんでも知ってるんじゃないの?」
今まで鑑定スキルを使った情報をアヴェリーに色々話しているせいで、アヴェリーにそういう誤解を与えてしまったようだ。
「一度見たら色々調べられるよ。本人すらも気が付いていないものもわかると思う。」
「それって、あれだよね。ナクア?って神様の恩恵。」
「どうだろう。私以外にこの能力を持ってる存在と会ったことないから何とも言えない。それより、寒くない?ちょっと待って。炎魔法習得してくるから。」
「魔法を習得するの?今から?」
「そうだよ、見てて。」
私はそのままゴブリンの女王の死体があるところへ行って、その血を啜った。するとレベルも上がって、スキルもいくつか習得出来たのである。
名前 二クス
性別 メス(可変)
種族 喋るカイコ(変異体)
レベル 22
HP 234/259
MP 588/703
力 126
敏捷 179
耐久 136
魔力 703
スキル
威嚇 咆哮 炎魔法 魔物共用語(熟練) 毒耐性(最上)
以下略
称号
異界からの転生者 蜜に誘われしもの 自分の毒に溺れしもの
加護に変化なし
説明
ゴブリンの女王を機転を利かせて倒し、一息ついているへんてこな喋るカイコ。自分の毒にやられそうになるとか、間抜けにも程がある。
鑑定さん、うるさいです。
初めて使う炎魔法、ワクワクするぞ。私たちが立っている少し前に赤い火の玉を出して、それを風で囲んでみる。すると温風がここまで伝わってくる。
「暖かい。」
アヴェリーがそう言いながらボーっとその炎を見つめた。私も炎を見つめてみる。ゆらゆらと揺れている。踊っているように見えなくもない。
「ゴブリン共の死体をこれで全部焼却した方がいいのかな。」
「放っておいたら狼とかが食べてくれるんじゃない?二クスって進化?するんでしょう?いつか狼になったりする?」
「狼ね。別に狼には進化したくないかな。」
「なんで?」
「群れを作る動物だからだよ。何かのきっかけで群れても結局進化して別の動物に進化してしまえばそれで別れるしかないよね。」
「確かに。色々考えてるね。」
「そりゃ考えるさ。アヴェリーは将来なりたいこととかあったりする?」
「将来か。なんか遠いよね。私もいつか大人になるんだって思ったんだけど。特に考えたことはないかな。二クスはある?将来になりたいこと?ドラゴン?」
「ドラゴンになるかどうかは、その時にならないとわからない。今は不老を目指しているだけだよ。不老の種族とか色々いそうだし。出来れば不死にもなりたいけど、いかんせん宇宙は大きくて、時間も永遠に流れてしまっちゃうから、それだけは難しいかも知れない。」
「宇宙って何?」
「夜空を見上げたら、星々がたくさん見えるでしょう?それらはすべて宇宙にあるものなんだよ。」
「へぇ、神々が住まう楽園とかじゃないんだ。」
一部はそういう星もあるかもしれない。
「それで、アヴェリーに夢があったら、手伝おうって思ったんだよ。ないなら、まあ、今は生活を安定させるくらいしかできないかな。」
「私も、不老になれたりしない?」
「不老の意味はわかってる?」
「老いて死なないってことでしょう?わかるよ。エルフのお兄さん、二百年は生きてるって聞いてるもん。それより長いんだよね、不老って。私もそうなったら、なんか、見える景色が違ってくるのかな。人ってほら、とても短いでしょう。百年も生きられないって、そう言うの嫌かも。」
「ずっと私と一緒にいたい?」
アヴェリーはその質問に答える代わりに私に向かって手を伸ばし、撫で始めた。
「そろそろ動かない?ゴブリンたちの死体に囲まれてるって、あまりいい状況じゃないよね。もう少ししたら匂いとかひどくなると思うし。このまま町へ行ってみるのはどう?」
私からの提案にアヴェリーは頷いた。
「それもそうだね。でも、今行ってもさ、たどり着くころにはみんな寝てるんじゃない?」
「門番とかは眠らなさそうだけど。」
「門閉ざされてるんじゃないかな。」
「城壁を飛び越えて中に入ってしまえばこっちのもんじゃない?」
「さすがにそこまですごくはないんだよ?」
「でも崖から飛び降りたんだよね。」
「真下にちょうどいいゴブリンが来てくれたの。だからそいつを下敷きにして、槍で串刺しにしてやったよ。」
随分なことをするではないか。
「キルムーブ?」
「キルムーブ?」
私の疑問にアヴェリーは同じ言葉を繰り返して聞いて来る。
「殺しながら動いて、無敵時間とかあって。」
「無敵時間?」
「敵から攻撃されない、こっちが攻撃して相手を殺している間に、攻撃している側はHPが減らない動き。そう言うの。カメラが動いて格好よく決めさせるんだよ。」
「時々、二クスって全く意味が分からないことを言ったりするよね。その、二クスを賢くしてくれたナクアって神様、邪神だったりしない?」
それはないと思う。多分だけど、普通に外にいるだけの、何か別の力を持つ神様ではないんだろうか。
「色々あるのさ。」
「誤魔化されてるし。」
こいつ、思ったより頭いいのではないだろうか。十歳もなってないのにこれだよ。何がどうなってこうなってる。エルフのお兄さんに英才教育でも受けたのか。それともこの世界の人間は神と近いせいで知能の発達が早いとか。
「それで、町にはいく?行かない?」
「二クスは行きたい?」
「私は野宿に慣れてるというか、野宿しかやったことないから大丈夫だけど、アヴェリーはそうでもないんじゃないかなって思ってさ。」
「私も大丈夫だよ、別に今更野宿ぐらい。二クスが作ってくれた毛布もあるし。」
そう言って、アヴェリーは腰に巻いているスカート代わりの毛皮を触る。それを広げると毛布になる仕組みだ。私が出した頑丈なシルクで結んで、服の上に括り付けている。
「町に名前はない?」
「名前ね、なんだっけ。」
「なんだっけって名前なのか。」
「そうそう、なんだっけって町。」
私は突っ込まないぞ。前世から私はボケ専門だったのだ。正常な感覚がわからないのに正常な感覚を知っている人に突っ込みを入れられるわけがない。
私たちはそのまま移動を始めた。町に今から行くのは確かにあまりいい判断ではないかも知れない。そもそもどれくらい離れているのかもわからないのだ。川沿いに進めばたどり着くとは思うが、それだけの考えで動くのなら、日が昇っている時間の方がいいだろう。
だから私たちは猪の肉を干してあった場所へと向かった。やがてそこにたどり着くと、そこには大きな、十五センチほどのネズミが十匹以上肉に群がっていた。
疲れているはずのアヴェリーの代わりに私が一瞬で焼いてやる。木に移ったので水魔法で消火した。猪の肉は殆どなかった。
「夕食が……。」
ガクンと項垂れるアヴェリー。
「さすがにネズミは食べられないよね。」
「食べられなくもないけど、食べたくはないかな。」
「じゃあ、私が何か狩ってくるよ。ここで待ってて。」
「私もいっしょに行くから。」
またアヴェリーを一人にするところだった。
それからまた移動して、運よく鹿を狩って、鑑定で食べられる野草と共に焼いて、アヴェリーに食べさせた。猪のいる場所へと戻っている。大きな動物の住処だったことから、寝床にするには悪くない。
それに、猪の頭蓋骨から牙を抜かないと。これで町へ行って武器を作ってもらえるかもしれないし、そうでなくとも売却出来るかも知れない。
明日には町へ行く。自分はどう見られるんだろうか。
そんなことを思いながら、アヴェリーが眠りにつくのを見届け、私も眠りについた。
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