第13話 ゴブリンの女王

 森には様々な動物が残した足跡がある。注意深く観察するとその動物が今いる場所へと辿れたりするものだ。重かったらその足跡もくっきりと残るので、より辿りやすい。ただ群れを相手にするのは負担がかかるので、大きな一匹を捕まって倒すことにする。


 アヴェリーのレベル上げも兼ねて、一石二鳥である。ちょうど泉の近くに蹄の形をした足跡がたくさんある。その中で一番深い足跡を辿ってたどり着いたのは、巨大な猪が一匹、寝転がっているところ。仰向けになって寝てる。危機感がないのか。


 十メートルほど離れたところから見ている。

 

 「寝てるね。」


 と、アヴェリーは小さく呟く。


 「今のうちにやっつけちゃおうか。」


 小さい萌え声でそう提案してみる。


 「でも可哀想じゃない?」


 一応、文明から離れてサバイバルしている状態だというのに余裕だな。


 「猪肉は結構うまいんだよ。」

 「じゃあ狩るしかない。」


 その前に一応鑑定してみる。


 名前 なし

 性別 オス

 種族 猪(魔物)

 レベル 5

 HP 501/511

 MP 63/63

 力 608

 敏捷 289

 耐久 478

 魔力 63


 スキル


 突進 牙撃 毒耐性(弱)


 称号


 キノコが生きがい


 加護


 ジェフィーラの恩恵


 説明


 長生きしてから魔物に変じた猪。全長は3.4メートル、60センチほどの長さを持つ牙はとても硬く鋭い。分厚く頑丈な肌は熟練の狩人の弓矢ですら防いでしまうだろう。


 幻覚作用のあるキノコを探して食べてはハイになるのを繰り返している。毒キノコもそれなりに摂取しているため少しだけ毒耐性が付いている。


 クマの魔物以外は森の中に天敵がいない。それも数日前に死んだので、このままだと森のキノコを食べつくしてしまうだろう。


 今も毒性が少しあるキノコを食べては寝ている。



 HPが少しだけ減ってるのは毒キノコを食べたからか。


 頂点捕食者であるクマを倒してしまったせいで、こいつが生き延びてしまっている。なら責任を取って処理しておかないと。


 「村ではキノコ食べてた?」


 気になったので聞いてみると。 


 「食べてたよ。美味しいよね。」


 隣に森があるんだから採集するのは当然か。


 「念のためだ。私がこいつの眠りをより深くするから、眼球から脳天に向かって刺してみて。行ける?」

 「うん、出来るよ。やってみる。」


 自分の持ってる魔力を半分ほど込めて奴の睡眠をより深いものにする。アヴェリーと一緒に奴に近づく。近くで見ると本当に大きい。アヴェリーの身長より高いが、今は仰向けに寝転がっているため、閉じた目も結構近いところにある。


 アヴェリーは寸分たがわず奴の左眼球を、閉ざされた瞼の隙間に突き刺した。やがて脳に到達した槍は、奴の命を絶った。


 「どう?まだ生きてる?」


 アヴェリーは聞いて来るので鑑定。



 説明


 魔物となった猪の死骸。死んで間もない。放っておいたら腐り始めるだろう。



 「ちゃんと倒せてる。」


 さっさと解体しよう。アヴェリーを少し後ろに下がらせる。血が飛び散るので。


 喉を裂いて血抜きをして、風魔法で皮に切れ目を入れて風圧で剥がし、腹を裂いて臓物を水魔法で洗浄しながら引き抜き、肉を風魔法で干しやすい大きさにカット。


 肝臓は生でも食べられるはず。鑑定してみても問題ないと書かれてあった。


 「これ、食べてみない?」

 「うん。食べたい。美味しいよね、肝臓。」


 食い気があるのはいいことだ。薄く切って掌に載せてあげると、アヴェリーは美味しそうに食べ始める。しばらくして食べ終わったアヴェリーの口元には血がついていた。野生を生きる人間はこういうものだろう。


 「水飲む?」


 こくこくと頷いたのを見て、彼女の顔の前に大きな水の玉を出してあげる。アヴェリーはそれに顔を近づけてからごくごくと飲んだ。彼女が飲み終わるまでまた待つ。


 「今はあまり時間がない。肉は後で食べよう。今回も木の上に干しておくから。」

 「また狼来ちゃうかも?」

 「その狼も食べられるから大丈夫。」

 「確かに。」


 そう、サバイバルしているんだから、見かける野生動物は倒して食べるものと考えておいたほうがいい。肝臓を腹いっぱい食べたアヴェリーのステータスはそれなりに上昇していた。これで準備万端。狩りの時間だ。


 ただその前に。


 「ゴブリン女王がどれくらい強いのかまだ見てないから、見てからどう動くか決めよう。」

 「二クスなら簡単に倒せちゃうと思うけど。」

 「ゴブリンの女王、見たことある?」

 「ない。」


 ないか。私もないんだ。


 ゴブリン戦士の身長は170センチ前後だから、ゴブリンの女王は2メートルくらい?それともそれより大きいんだろうか。


 魔法を使ってくる可能性もある。私たちはゴブリンの集落へと向かった。


 「すぐに行ってくるから、ここで待ってて。もし私が戻ってこなかったら、川沿いに下流に向かって進んで。」

 「いつまで待てばいいの?」

 「心の中で二百数えて、それ以上かかると移動するんだよ。」


 アヴェリーは曖昧に頷く。


 ゴブリンの女王は一番大きな建物にいそうだ。木で雑に建ててはいるけど、高さは8メートルはしそうな大きな建物である。ちょうど集落の中心部にあるそれは、ただ大きいだけではなく周りに動物の骨や人骨で出来た装飾が壁に飾られてある。


 私はそこに向かって飛んだ。太陽は西にかかって、夕方になりつつある。つまり彼らが目覚める時間であるということだ。


 建物を上から旋回して見て回ると、窓は見当たらなかった。扉しかない。あれを押して入るくらいなら自分で穴を作った方がいい。水の弾丸で天井を貫く。このまま中の連中が死んでくれたりすると楽なんだが。


 木が壊れる音が響く。素早く中に入ると、大きな動物の毛皮の上に裸で座っている大きなゴブリンがいた。髪の毛が生えてて、それを結っている。長い、灰色の髪だ。メスなのに乳がないのは、卵を産むからか。周りに白い卵が転がっている。


 身長は5メートル以上。想定以上に大きいことに少しあっけに取られそうになる。奴と目があった。奴は不快げにに眉を動かす。


 「虫けらの分際で、我の家を壊すか。」


 喋るのか。ただグリタリア南部公用語ではない。魔物の言語か何かだろうか。考えている暇はない。頭上に大きな火の玉が一つ浮かび、それが襲ってくる。水の障壁を作ってそれを防ぐ。


 「随分な挨拶じゃないか。体はそんなに大きいのに心に余裕がないんだね。」

 「お前、ただの喋るカイコじゃないな。使い魔か?」

 「ただの喋るカイコだよ。」


 ゴブリンの女王は私の周りに炎の壁を作ってそれを一気に狭めた。水を四方八方に飛ばしてそれを打ち消す。音速を突破した水がソニックブームを起こして炎の壁だけじゃなく、建物の壁をも壊していく。


 「うがぁぁぁぁあああ!!」


 女王の咆哮が集落へと響き渡る。一瞬体が硬直した。咆哮には硬直効果があるのか。多分この咆哮で集落のゴブリンは全部起きた。扉を開いた方が良かったんだろうか。そもそもゴブリンの女王が起き上がって外へ出るのを待った方が良かった?


 それとも天井を壊し侵入してから速攻で睡眠をかけるべきだったかな。ただここまで大きいと、アヴェリーを巻き込まない方がいいのではないかという考えが頭をよぎったのだ。


 彼女が逃げてくれるといいんだが。


 その前に。魔力を全力で込めて奴に睡眠魔法をかける。これで通じなかったら、風魔法で自らを外へ逃がせばいいだろう。だが通じた。奴の目が閉じ、横へと倒れる。奴の顔全体を今度は毒も含ませた水の玉を作って囲む。


 早速鑑定だ。


 名前 ゴブペッカ

 性別 メス

 種族 ゴブリン(女王)

 レベル 36

 HP 1598/1612

 MP 301/314

 力 512

 敏捷 243

 耐久 366

 魔力 314


 スキル


 暗視 威嚇 咆哮 炎魔法 魔物共用語(熟練)


 称号


 恐れる統治者


 加護


 マラゴースの恩恵


 説明


 百年以上を生きた生まれながらのゴブリンの女王。ここから数十キロ離れた集落で生まれ、自分の集落を作るまでに数十年を放浪。それまでたくさんの強者を倒し、強大な魔物へと成長した。


 慢心せず集落を発展させてきた。冒険者に発見されることなく、ひっそりと、慎重に。


 やがて集落は近くにある村を飲み込むほどの規模まで成長を遂げた。しかしそれもこれまでのこと。


 窒息状態で、毒まで周り始まっている。もうすぐ死ぬだろう。




 かなりの大物だった。クマの魔物と戦ったら一対一なら負けたかも知れないが、この集落にいるのは彼女一人ではない。


 バンバンと扉をたたく音がする。壊れた壁を広げてゴブリン共が中に入ってこようとしている。残り少ない魔力で風の防壁を作ってそれを防ぐ。レベルが上がると魔力が幾分か回復するので、女王が死ぬまでこのままだ。


 一分くらい経ったんだろうか。鑑定してみたがまだ死んでない。結構しぶとい。HPが高いからだろう。


 外からゴブリンの悲鳴が聞こえてくる。女王が死ぬ寸前だから、そうなるのも……、いや、これは。


 ぶつかる音もする。


 「二クス!いる?」


 アヴェリーだった。こいつが死ぬまで私は防壁を展開し続けないといけない。魔力もまだ回復しきってない。


 だがこの数だ。私が魔法で援護しないと、アヴェリーはすぐに囲まれて死角を突かれるだろう。


 女王は毒耐性や回復能力にまつわるスキルを持ってない。放っておいても死ぬだろう。だが女王が死なない限り私のレベルは上がらない。レベルが上がらないと魔力の回復には数分ほど時間がかかる。


 今の残りMPは80ちょっと。女王のHPは半分を切った。


 仕方がない。体を張るしかないか。自己再生スキルの効果はまだ検証していない。まあ、何とかなるだろう。アヴェリーの声が聞こえた壁の穴に作っていた風の防壁を解く。するとゴブリンたちがなだれ込んできた。私は全身を毒の水で囲み、ゴブリン達に向かって突っ込んだ。


 剣が羽をかするのをぎりぎり避けて、目や口、鼻に毒の水を飛ばす。魔力の消費は少ない。ただ誤算が一つ。自分の毒が自分にも効くとは思えなかった。HPがものすごい速さで減ってる。このままでは十秒くらいで死んでしまうぞ。


 痛みはないが、体の痺れが酷くなりつつある。なんて馬鹿なことをしてしまったんだろうか。このまま私が死んでしまったらアヴェリーはどうなる?


 彼女は、私が大人になるまで助けてあげたかった。アヴェリーと旅がしたい。冒険者になったアヴェリーと色んなことを見て回りたい。


 そうだ、祈り。人じゃないが、ナクアなら、私を寵愛しているナクアなら、祈りが届くのではないだろうか。


 ナクア、いや、ナクア様。私に毒耐性を。


 そう祈った瞬間、痺れる感覚が消えた。


 ナクア様、ありがとう。


 ただ、私が馬鹿げたミスで痺れている間にゴブリンの女王が私が作った毒水の玉から顔を動かされていた。そして杖を持っているゴブリンが女王に近づいて、彼女に魔法をかける。すると女王は目を覚ました。鑑定してみたら毒状態も消えているように見える。HPが減らなくなったのだ。


 これは参ったな。外ではまだアヴェリーが戦う音がしていた。また祈る?


 その前に鑑定。


 名前 ゴファッケ

 性別 オス

 種族 ゴブリン(治癒術師)

 レベル 11

 HP 188/188

 MP 235/323

 力 129

 敏捷 161

 耐久 154

 魔力 323


 スキル


 威嚇 回復魔法


 称号


 ゴブリン


 加護


 マラゴースの恩恵


 説明


 ゴブリンの治癒術師。女王の側近で、回復魔法を使い負傷したゴブリンを治したり、女王の体調を整ったりと、集落で欠かせない重要なゴブリン。


 解毒や気付けの魔法も使える。




 早速風の弾丸で奴の頭を貫いた。これでレベルは、上がってないか。魔物になってるからレベル上げが難しくなっているんだろうか。


 それはともかく、ゴブリンの女王だ。


 奴は起き上がってはいるけど、まだふらふらな状態。自分の残り少ない魔力を使ってでも倒したら、私の勝ちだ。女王の鼻腔に水を作ってそれを体の中へと強引に入れる。魔力の制御はまだ届いている。そいつを急激に膨張させるとどうなるか。


 魔力を全部注ぎ込み、中から外へと圧力をかける。


 すると。


 パン!


 女王の頭が弾け飛んだ。

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