第3話 クラゲか

 エビの夜は早い。日が暮れる瞬間に目が覚めて、夕日を感じながらサンゴ礁の中にある小さい穴から出る。


 サンゴ礁の周りは多くの小魚が泳いでいる。この付近にいる連中は殆ど海草を主食としているようだ。だがプランクトンを食べる連中も少なくない。


 だから遠くのところにいる魚を見かける度に草食なのか肉食なのかを鑑定してみるしかない。そうしないと、いざという時にどこへ向かって逃げればいいのかわからないから。


 レベルは昨晩のアンチョビもどきを食べてから一気に6まで上がっている。


 ただそれでも安心はできない。レベルがあったところでステータスは殆ど変化がないからだ。


 レベルがいくつになったら進化出来るようになるんだろうか。200とかだったら進化する前に死ぬぞ、多分。


 だが諦めるにはまだ早い。諦められない。もっと進化して、陸上生物になるのだ。


 進化先とかを選べるんだろうか。だったらいずれ人間とかの知的生物になる日も来るのやも知れない。その日が待ち遠しいが、今はまだ早いか。早いどころの話じゃない気がするのだが。


 しかしまあ、エビの目で映る世界は本当に短い。遠くの景色が単純に識別できない。だから視覚はほぼ無視して、水中探索のスキルに任せ今夜の糧となるものを探す。


 するとまだ周りをウロチョロしている、多分私の兄弟姉妹を含むエビの幼生がうようよといたので、泳いで接近し、水魔法で仕留めて食べる。


 奴らは本能的な恐怖もないのか、近くで同族が食べられていると言うのにただ浮いているだけ。


 あれでどうやって生き残って子孫を残しているのやら。個体数が多いからか。確かに多いっちゃ多い。私が感知できる範囲内だけで数千匹はいる。エビは一回にそんなに産むわけじゃないから、直接の兄弟姉妹なんてものはもうここにはいないのかも知れない。


 いたとしてもやることは変わらないのだが。


 それで一通りエビを食べて、泳いでいたらプランクトンに遭遇。プランクトンはエビの幼生と殆どステータスで、大きさもほぼ変わらない。


 途中でアンチョビもどきと昨日と同じく戦闘を繰り広げたが、今度は難なく処理できた。食べてまたレベルアップ。


 そうやって似たり寄ったりの数日を過ごして、私の体は等々幼生から脱却することに成功した。レベルも上がっている。


 今のステータスはこんな感じ。


 名前 なし

 性別 可変

 種族 小エビ

 レベル 22

 HP 6/6

 MP 223/223

 力 4

 敏捷 8

 耐久 4

 魔力 223


 スキル


 鑑定 水中呼吸 早泳ぎ 水流操作 水魔法 暗視 高次元思考 魔法適性 無制限進化


 他は幼生のところの説明がなくなって、それ以外は同じ。


 ただ変わったことがある。そう、早泳ぎが追加されたこと。水中探索は水流感知の上位交換なので、水流感知が生えて来ることはなかったんだろう。


 私は多分、いや、もはや確定か、ナクアの寵愛のせいで食べたもののスキルが吸収出来る。


 これで剣術を習得した人間を食べたら剣術が生えてくるのだろうか。食べないが。


 水死体ならありか。なしか。さすがに食人は生理的に受け付けない。知的生物を摂取するなど、禁忌や異常を通り越してただの命の無駄遣いだ。人一人がそれなりの知性をもって成長するようになるまでその頭の中に詰め込む知識量は、他の動物のそれをはるかに超える。


 それをただの一時期のエネルギー源として消費するなんて、浪費どころの話じゃない。


 すべての人間の知性が他の動物より高くないとしてもだ。そんな例外を一度でも食べてしまったら二度もあるという事で、自分の思考プロセスがおかしくなってしまうだろう。だから水死体だとしても食べられる気はしない。


 ただそんな人間のような知的生物を摂取するような知的生物があるのなら、そいつは食べてもいい気がする。まだ食べられないが。今から考えても仕方ないかも知れないが。まあ、方針を決めるのは早ければ早いほどいいとは思うが。いざそういう状況になってから考えるよりはずっと、最初に色々決めておいた方がいいだろう。


 しかしまあ、レベルが22まで上がっていると言うのに、ステータスの上昇率は魔力以外はもはや小数点以下としか思えない。あのアンチョビもどきよりHPが低い状態。


 耐久が1だけ奴より高いのは、もしかしなくとも殻のせいだろう。


 今は水流操作も大分うまくなって、アンチョビもどきをなん十匹以上を同時に相手しても倒せるようになったのだが。いかんせんステータスが低いので進化したい。一度もしたことないが、多分いつかは出来るはず。


 そう思いながら泳いでいる時、奴は現れた。今の私に比べらると大きな、とても大きな生物。


 早速鑑定してみる。


 名前 なし

 性別 雌雄同体

 種族 南海白クラゲ

 レベル 9

 HP 65/65

 MP 19/19

 力 11

 敏捷 6

 耐久 28

 魔力 19


 スキル


 水中呼吸 毒(弱) 麻痺(弱) 自己再生


 説明


 30センチほどの大きさを持つ南海に住む白いクラゲ。大量に繁殖する時もあるが、基本的にウミガメとマンボウの好物で、泳ぎも遅いため深い水域では珍しい。

 群れを作ることは稀。プランクトンをよく食べるが、5センチ未満の生物なら基本的に何でも食べる。



 ちなみに今の私は成体になったので3センチほど。奴に見られているような気がしてならないので、逃げようとしたのだが。ここで問題。群れを作ることは稀ではあるけど、あるにはあるということ。


 要するに囲まれてる。


 アンチョビもどきを毎回毎回相手にするのも面倒になったため、海岸線に沿って水魔法の練習をしながら泳いでいたら、いつの間にか囲まれてしまったのである。


 試しに水の刃を作って飛ばしてみたらげろっとしていた。まるで通じないと言わんばかり。


 弾丸はどうだ。細く糸のようにして、飛ばす。すると少しだけ刺さった。


 これは水魔法の練習が足りないということでいいのか。それともここはどうしても逃げた方がいいのか。まだ水面の上に出たことがないのでどこまで魔法が使えるのかがわからない。下は、砂の下は何があるかわからない。いきなり何かが現れて食べられるかも知れない。今の私は海の中でも最弱のエビだ。


 植物以外の全てが潜在的に私に対して捕食者の位置にある。


 ただ下は危険性が高くても、上はどうだ。水流を操作して上に自分を打ち上げて、その水流をそのまま利用して逃げられないのか。


 こんなことを考えている間にも一番近くにいるクラゲがふよふよと漂いながらも私に近づいてきている。


 体がまた恐怖を訴えて来る。たかがクラゲに、これほどの恐怖を感じてしまうとは。


 ただ大きさは今の私の調度十倍である。人間に換算したら16~18メートルくらいのクラゲを目の前にしているようなものだ。それにそういうクラゲに囲まれている状態。


 これは逃げないといけない状況だろう。今の私が持つ水魔法では奴を倒せるどこから傷づけることすら出来ない。


 この際ぶっつけ本番になったのは仕方がないと受け入れるしかない。私は水流を操作し、自分を水面上へと打ち上げた。すると呼吸が出来ない。ただ完全に息が出来ないわけではなく、まるで鼻をつままれ、マスクをしたまま口だけで息をするみたいに苦しい。


 こんな状況を長く続けると死んでしまうだろう。私は水流操作をして自分を水で囲み、そのままクラゲが見えないところまで前進というか後進した。


 エビは後ろに向かって泳ぐ。私も例外ではない。水面上を滑るように水玉の中で後ろに向かうエビ。多分誰かが見たら笑うだろう。笑えばいいさ。今の私はただのエビなんだから。


 クラゲが見えなくなってから私はまた水面上へと戻った。


 大人しくアンチョビもどきを相手にしていた方がよさそうだ。それが私にとっては理想的な環境だった。だがこれで終わると思うな。クラゲも倒せるよう、進化してやる。








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