第2話 vs アンチョビもどき

 それから数時間が過ぎて、夜になった。夜行性の海洋生物が活動する時間になったのである。エビも夜行性の生物ではあるのだが、生まれた時間が昼だったので、今回だけ昼に動いたということだ。


 月明かりは明るいが、それでも水の中は暗いが、暗視スキルのおかげで周りははっきりと見える。それでもエビの視覚で見える範囲なんてそんなに広いわけではない。エビの視覚で見られる範囲が広かったら大きな鯨などに大量に捕食されることもないだろうから。


 ここは浅瀬なので鯨の心配はしなくてもいいかも知れないが、こんな小さな生物、それこそ少しでも自分より大きいものはすべて天敵とみなしていいだろう。


 だから魔力を使って周りの水流を感じ取るように念じたのだ。するとステータスに水中探索というスキルが一つ増えた。魔法適性が高いからなのか、私は簡単に魔法というか、魔力を使うスキルを作ることが出来るようなのである。常時発動型のスキルを、魔力を使って作れる。これは色々検証しがいがありそうだ。


 ただ残念ながら今は使えるのは水魔法しかない。水中探索は出来ても、水面上にあるものまではわからない。それはエビという種族故のものなのか、それとも魔力やレベルが足りないのか。


 今のところMPは殆ど減ってないが、回復する速度はそこまで早いわけではない。


 そうやって検証をしながら周りのエビどもを、多分兄弟姉妹だろう、そいつらを一通り食べつくしたところでそいつはやってきた。


 早速鑑定してみる。


 名前 なし

 性別 オス

 種族 南海群青小魚

 レベル 2

 HP 19/19

 MP 2/2

 力 5

 敏捷 8

 耐久 3

 魔力 2


 スキル


 水中呼吸 水流感知 早泳ぎ 暗視


 称号


 なし


 加護


 ネプトヌスの恩恵


 説明


 大陸の南海に住む群青色の小魚。成体の長さは6~8センチほど。大きさ1ミリメートル以下のプランクトンを主食とする。より大きな魚を釣るための釣り餌としてよく使われるが、塩漬けにして食べても美味しい。大量に繁殖して個体数も多く、群れを作ることは珍しくもない。そのためよく漁網に引っかかり、飢饉の時に非常食糧として大量に出回ることもある。




 ネプトヌスの恩恵というのは、すべての水生生物が持っているように思われる。いや、それはどうでもいいか。奴は明らかに私のことを狙っている。見ているのだ。そして徐々に近づいてきている。アンチョビみたいなやつに睨まれている。


 私の体は本能的に逃げようとしたが、意識的にそれを抑え、その場に留まる。アンチョビもどきに睨まれて恐怖を感じるなんて情けないにも程がある。


 だから奴はここで仕留める。私は水で刃を作るイメージをした。


 夜になるまで使えるようになった魔法だ。これを飛ばして、命中…、しなかった。奴は襲ってくる水の刃を感知したようで、あっさりと避けられてしまった。奴は燕か何かか。それとも水流感知スキルを持つ水生生物ならみんなそうなのか。いや、それでも瞬時に動ける生物に限るだろう。早泳ぎ、羨ましいスキルである。私は持ってない。


 奴は恐れることもなく避けてからすぐに恐ろしい速さで泳ぎ、私に向かって口を開いて向かってきた。


 水魔法は別段相手にだけ使う攻撃にあらず。体の真下に急激な水流を作って上へと自分を押し上げる。


 すると間一髪、私は奴が開いた口から逃れられた。しかし奴は私を見失うことはなく、方向転換してまた突進してきた。私は再び水魔法を使って上へと自分を押し上げようとしたが、本能が危険を察知した。今度は下に向かって魔法を使うと、奴は私がいる位置より高い位置に向かって口を開いて向かったのである。


 奴は学習したのだ、私がまた上へと急激に動くのではないかと。小魚にそれほどの知能があるとは。私は少し感動した。本当に小さい生物であっても、学習が出来るという事実に。


 ただそんな感動をしたところで、やすやすと食べられるつもりはない。

 私は策が思いつくまで色んな方向へと水魔法を使い逃げ続けた。


 別に奴が疲れるのを待って持久戦をしているわけではない。やろうと思っていたことを実現するためには、この急激に水の流れを動かすコツを掴む必要があったから、本番に向かって練習をしていたとも言える。


 ある程度コツを掴んでから、私は水の刃を飛ばす。今度も避けようとしたが、奴の周りにある水を操作したので、奴は避けようとした方向から来る水流で避けられず、そのまま上下が両断された。


 海の中に奴の臓物と血が広がる。私は早速それに飛びつき、食べ始めた。触感からして油が乗っるが、味がわからない。残念だ。


 そうやって食べ続けること数時間。食べてる間に血の匂いにつられて何か現れないかびくびくしたが、幸い小さすぎたんだろう、何も現れなかった。サメ?今の私は多分、水深1メートルほどのところにいる。つまり、サメが泳ぐには適した環境ではない。


 この世界にサメがいるのかはわからないが、まあ、多分いるだろう。サメだし。


 しかしなんだ。もう数時間をかけて自分より百倍はするものを食べたと言うのに満腹にはならなかった。一匹まるまる食べたと言うのに、質量がどっか行ってる。


 いやここは百倍もするものをよく殺したなと驚くところか。まあ、そんなに脅威には感じなかったから仕方がない。


 ただ無限にお腹名の中にものを入れられるなんて、どうしてだ。それがとても気になったので、何かスキルでも付いたのかと思いステータスを開けてみても変化なし。

 ただ気になったことがあったため、今度はステータスにある項目を鑑定してみることにした。目の前にカーソルが現れるとイメージして、それを動かしクリックする感じ。


 するとスキルや称号などに解説が書かれる。大体思っていた通りの物だったのでそれは飛ばして、ナクアの寵愛という部分を鑑定してみることにした。


 ナクアの寵愛


 外なる神の一柱であるナクアからの寵愛を受けているものに現れる称号。


 ナクアとは、外なる神とは。それをまた鑑定してみる。


 外なる神ナクア


 世界の創造や維持に関与せず、さりとて生物の営みにも関与しない、ただ観察するだけの外なる神々の中でも異質な性質を一柱。普段はクールラントという自由浮遊惑星に住んでおり、見た目は全長600Kmで、十本の足を持つ。


 自分の興味を引いた存在に異様な状況でも耐えられる精神と限界のない進化、無限の食事量を与える。


 鑑定スキルでここまで調べられることに私は一度驚く。なぜ鑑定はここまで知っているのかを鑑定スキルで鑑定スキルを調べてみる。詳しく。


 するとこう出た。


 鑑定


 この宇宙に記録されたすべての情報をスキル使用者の意思により任意に読み解くことが出来る。ただ読み解く範囲には異様な精神性を持つのが必要とされる。ゆえに鑑定スキルを持つ存在は元から狂っている場合が多い。


 私は別に狂ってなどないと思うのだが、それは自分への評価故に客観性に乏しいのかもしれない。


 それにしても私は、とんでもない存在に目を付けられたようである。その存在の気を引くために何かやった覚えはないのだが。なぜだろう。


 ただ今のところこっちが利益を享受するだけで、別段問題があるようには思えない。外なる神と言っても邪神や魔神の類ではないのだろう。いや、それは早計か。ただこれ以上考えても仕方がない。


 それよりさっきからこちらを見ているアンチョビもどきが何匹かいた。全部まとめて相手するためにはもっと魔法を極めないといけない。だから私は逃走を選んだ。急激な水流を作り出し、遠くへと移動する。奴らはしばらく私を追いつこうとしたが、徐々に水流の操作技術が良くなった私は加速し続け、奴らから離れることに成功した。


 湾岸部を沿って移動していたため、水深はほぼ変わってない。ここで砂浜に自分を投げ出すとか、逆方向、つまり深いところへと向かうなんて選択肢はない。砂浜に自分を飛ばしたらそれで死んでしまうだろう。水魔法で水を生み出せるかも知れないが、その実験をするのはいまではない。


 そして深いところにの場合は、より多くの天敵がいるはずだ。それこそ鯨にでも遭遇したら一口で飲み込まれてしまうだろう。


 だから私は進化するまでここら辺を縄張りにする必要がある。


 そうやって今後の方針を決めた私は様々な水魔法の練習をしながら夜を過ごした。

 朝日が昇るまで捕食者に出くわすことなく、朝になってからサンゴ礁の中にある小さな穴に入り眠りについた。

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