エビから始まる異世界ライフ~進化しながら子育て

@Tetoni12

第一章

第1話 プロローグ

 エビが食べたくて仕方ないと思っていたら死んでた。

 しかもエビになってるし。エビなんてあれだぞ。生態系の一番下で、プランクトンから始まるもんだぞ。


 そんなものになりたいと思ったことは一度もたりともない。断じて。じゃあなんでこんなことになったのかというと。


 私は人に共感できない人間だった。人が痛みを感じるのを見ても、人が嘆くのを見ても、逆に喜ぶのを見ても、楽しむのを見ても、何も感じない。自分の中にあるのは刹那的な衝動だけ。


 刹那的な衝動と言っても別に動物的な本能のようなものではない。例えばこれが食べたいこれが欲しい、そういうことはあるにはあるけど、どちらかというと経験してみたいという気持ちに近い。


 より多く経験してみたい、それも自分が知らないことを経験してみたい。それ以外は本当にどうでもよくて、近しい人が死んだ時ですら私は一滴の涙すら流さなかった。ただ何となく、自分が持っているこの感覚を他人にうち明かすことの危険性は何となく感じていて、人の前では人の心をわかっているふりをした。


 人のことを真似して、さも自分が人と同じ感情を抱いているように演じてきた。そうしないと、きっと周りから排斥される。


 しかしいつまでそれが通用するわけではない。異常性というのは隠そうとしてもどこからか漏れ出るものである。人を注意深く観察するような人間は割といるもので、見ている人は見ている。だから私は、そういう人の見る目のある、目ざとい上司から簡単に上へ上へと会社での重要な役職に就くことになったのだ。


 なぜなら、私は人のことを感情で判断しないから。人が何を感じているのかがわからないから、効率よく物事を進められる。機械的に判断できる。


 ただ景気がいい時はそれでも良かったのだが、景気が悪くなったら、自分が命令できる立場にいるので、人を簡単にこき使うことが出来るようになる。つまり、私は搾取する側の人間になったというわけだ。そしてそんなことを続けたら、当然自分の言葉を聞いて壊れる人間も現れる。自分が命令した仕事によって体や精神が壊れる人間が。


 夜勤を毎回毎回頼んだ職員の一人が過労死したのも、当たり前の結果だったんだろう。そうやって人に恨まれることをしたわけだ。


 そんなことをすると、当然その人の身内からの報復も予想される。法に訴えるなどだ。だが私はそう言うことにも気を使っていた。つまりあり得そうな結果に対して準備をしていた。徹底的に準備をして、法廷にて相手の主張を叩き潰した。


 そんなことをして終わったのかというと、そうではなかった。ある日の夜、いつもの居酒屋で一人でお酒を飲んでから外へ出たら、いきなり後頭部を鈍器で殴られた。経験を大事にしていた私は、体も鍛えていて、格闘技も学んでいたが、さすがにそんな奇襲をされてしまうとどうしようもない。


 私が過労死させた男には三人の兄がいた。三人とも体格がよく、肉体労働者だった。


 法廷で会って、話したことがある。彼らにとって私が死に追いやったその職員は大切で可愛い妹だった。なのに法による解決が出来なかった。だから廃工場に連れてこられた私は死ぬまで殴られた。


 当然痛かったが、叫ぶことはしなかった。うめき声をあげて、痛みを堪能した。今まで誰かにそうやって殴られたことはなかったから、それは私にとっては貴重な体験だったというわけだ。


 そして最後に思ったのは、エビが食べたい。それだけだった。彼らを恨むことはない。人を死なせ、恨まれ、殴られ、殺されるのは、人生で一度しか出来ない、とてもいい経験だった。ただ一度経験しているから、次はないだろう、そう思った。


 そして、私は常々思っていたのだ。善人は、死んだら良き環境で生まれ変わるのではないか、私のような悪人は、死んだら悪い環境で生まれ変わるのではないか。実際にそうなったんだから、私の予想は証明されることになった。


 ただ今の私は、エビだと言うのになぜか思考が出来る。しかしそんなことは普通ならあり得ないだろう、脳の容量も極端に低いはず。しかしそれが出来るというのは、何か物理法則とは違う何かの法則が働いている証拠になるのではないだろうか。


 多趣味だった私はこういう状況にも思い当たることが一つだけあった。だから念じてみたのだ。


 ステータスオーブン。

 すると自分のステータスが浮かんでくる。



 名前 なし

 性別 可変

 種族 小エビ(幼生)

 レベル 1

 HP 1/1

 MP 200/200

 力 1

 敏捷 2

 耐久 1

 魔力 200

 

 スキル


 鑑定 水中呼吸 水魔法 闇視 高次元思考 魔法適性 無制限進化

 

 称号


 異界からの転生者


 加護


 ネプトヌスの恩恵

 ナクアの寵愛


 説明


 小エビの幼生。成長し終わっても大きさは3センチほどとなる小エビの幼生は1ミリメートルより小さい。その故殆どすべての水生生物に捕食される。塩漬けして食べると美味しい。




 つまり今の私は名前のない一匹のエビであるという。そしてこの世界では魔法が使える。エビの性別のことに関しては考えないようにしよう。そういう生き物なのだから。今は現状を把握するのが最優先だ。


 HPがたった1というのは、ダメージ判定が入る瞬間死ぬということなのだろう。見ればわかる。今の私の体は透明で、もはやプランクトンと同じレベルだ。ただこれでHPが1だとすると、ネズミのHPは2000だったりするんだろうか。それとも耐久が高い?


 魔力が高いのは少し驚いた。私は前世で別に魔法を使っていたわけではないのだが。


 そして今の私がこうやって考えられるのは、高次元思考というスキルのおかげなのだろう。鑑定もそれで出来るようになったんだろうか。試しに周りのエビを鑑定してみると魔力以外のステータスは同じで、スキル覧には暗視と水中呼吸だけ書かれている。


 まあ、水生生物なんだから水中呼吸は当たり前だろう。しかし自分に水魔法が最初からあるのは疑問である。もしかして魔法適性のせいなのか。水の中で生まれて、魔法適性を持っているため水魔法が使えるようになったと。


 称号はわかる。この世界に魔法があるというのは、この世界が私が生きていた世界じゃないということだ。


 加護はなんだろう。ネプトヌスもナクアも聞いたことがない。神の名前なのか。この世界には神がいるのか。答えの出ない問いを考えるのはやめて周りを見る。


 見渡す限りサンゴ礁と小さい魚が泳いでいた。浅い沿岸部のようだ。サンゴ礁があるのを見るに近くに人は住んでいないのか。


 水面は波打っている。水の色は透明で、昼なため周りの景色が良く見える。色の感じ方や空間を認識する感覚も違うが、それでも自分が何を見ているのかはわかる。


 私の周りには生まれて間もないたくさんのエビたちが泳いでいた。数えきれないエビだが、同族意識なんてものは全く湧かない。いや、前世の私も同じ人に対して同族意識はあまりなかったんだと思う。


 運のいいことに遠くにいる魚たちは生まれて間もないエビには興味がないようである。今の私にとっては本当に小さい魚でも脅威である。小突いたら死ぬだろう、食べられたらそれで一巻の終わり。ただ魔法で何とか出来る気もする。


 それで一応念じてみた。だが何も変わらない。ただそうしているうちに体の中を循環する何かを感じ取るようになって、それを込めるイメージをして念じてみたら魔法が発動した。


 細い、糸よりも細い水の弾丸を作って、生まれて間もない隣で泳いでいるエビにそれをぶつけてみる。するとあっさり貫かれて絶命するエビの幼生。私はそれに近づき食べ始める。こんなことをしているのは私だけじゃない。共食いはもう始まっていたのである。


 そもそもエビは共食いをするんだから、別段倫理観に欠けているわけではない。ただ私の周りにはなぜかエビの数が少なかったので、それは運が良かったとも言える。


 それを数十回ほどやったところで、自分の中で何か変わった感覚がした。またステータスを念じてみたら、レベルが一つ上がっている。HPが1だけ上がっていた。称号などには変化なし。


 味を感じられないのは勿体ないと思うが、だからと食べないという選択肢はない。空腹感などは覚えないが、満腹感も覚えない。


 これでレベルが上がったら、無制限進化というスキルがあるのだ、進化出来るかも知れない。ただ殺害が経験値に繋がるのか、それとも食事がレベルに繋がるのかはわからなかったため、食べる途中でもエビを殺した後でもステータスを閲覧していたら、両方で経験値が習得されるのがわかった。


 地道な検証は大事だ。つまり殺して食べるだけで経験値は習得できるわけだ。

 これを繰り返して限界値までレベルを上げれば進化できるようになるのだろうか。


 そうしたら私はより多くのことが出来るようになるだろうか。だとしても最初にエビから何に進化するというのかという話なんだが。


 せっかく生まれたのに早死にするつもりはない。むしろ永遠に生きたいくらいだ。死ぬのは一度経験している。だから今度は不死を経験してみたいと思う。


 そういうことを考えながら多分同じ親から生まれたエビを水魔法で狩り、むしゃむしゃと食べ続けた。

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