泣けないロボットと泣かない人間

 私は、速水瑞穂という人間だ。それは私が生まれた時からそうだった。

 始まりは、私がアンドロイドを雇った時だった。そもそも、機械修理士を始めるには機械の助手が必要だったし、日常生活の利便性を求めた節もあった。そこで、家に来たのが彼、葉加瀬だった。

 私は彼と長い時、だいたい四、五年を過ごした。軽く小学生活を五年生まで過ごしたような、いやそれ以上に濃い時間を過ごした。

 少なくとも、私は彼に恋心、と言っても差し支えない気持ちに埋め尽くされた。私の感情が、葉加瀬で溢れた。彼は言った。

「大好きってさ。ダイス、奇と捉えれば、半とも言えるよね」

 私はまだ納得していない。


 そして、それが告げられる。葉加瀬に故障が見つかった。ロボットなのに先天的、というのもなんだが、先天性の故障らしい。二度と、治しようのない故障。

 それは、データが保存できない、というものだ。簡単に言えば、記憶がなくなっていく。そしてある記憶量が一定量を超えると、記憶の九割を失ってしまうらしい。物事をすぐに忘れてしまう彼は、感動したとしても、何が起こったのか忘れてしまう。だから、「泣かない」、じゃなく、「泣けない」。

 彼は失った記憶から断片的に状況を判断して、

「自分は人間の機械修理士で、速水はその助手のロボット」

 という設定で生きることになった。だから、私は彼に生きることにした。私は彼がどんな設定で生きようと、絶対に、泣かないと決めた。

 何もかもが唐突に起こるように、記憶だって急になくなる。

「え、あなた誰ですか?」

 私は目頭が熱くなるのを感じ、力を込めようとする。けれど、やはり力は抜けてしまった。もう、これで終わりか。

「すみません、どうしても遅れてはいけない予定があって。お金は払うのでご一緒させていただけませんか?」

 この状況でも尚、彼のことが愛おしく、そして儚く思えて、私は決意を固める。

 

  そういえば、僕は泣かなくなったな。目の前の、憂鬱な、今にも泣きそうな顔をした女性を眺めながら、そんなことを考える。道路の凹凸で車体が揺れ、彼女の長い髪が小さくさざなみを打つ。

 この女性は、なぜこんなにも涙を堪えているんだろう。辛いなら、泣けばいいのに。

 

「泣けないロボットと泣かない人間」

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泣けないロボットと泣かない人間 宇宙(非公式) @utyu-hikoushiki

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