帰り道とお喋り

 治療に必要な工程をほぼ終わらせ、後は修正プログラムのインストールを待つのみだ。

「最近思うんだけどさ。このくらいの歳になると泣かなくなるよね」

 泣けない、と、泣かない、を明確にしたくて、僕はまた喋る。

「僕は人間だからさ。泣けはするけど、それでも感動しないから、涙は出ない。これは、泣けないではなく泣かない、ね」

 速水はさも勉強になった、というように首を振る。

「そうですか。私はもともと涙を流したことなど、ありませんが」

 まあ君はロボットなんだから当然なんだけれど。

「アンドロイドみたいに感情豊かになりたい、とか思わなかったの?」

「はい。あまり感情の起伏がないので、アンドロイドへの羨望を感じたことはありません」

 速水は、「これは、泣けない、に入りますね」と満足そうに言う。

 確かにね、と俺は適当に相槌を打つ。

 

「ハカセは意中の人、と呼べる存在がいますか?」

 唐突だな。と思ったが帰りのタクシーに向かう途中で、それ相応に暇だったので、答えることにした。俺は初恋という感情を思い出してみる。どうにも思い出せなかった。

「いないね」

「そうですか」

 速水の返事は淡白な物で、或いは帰路ついでの興味すらない雑談程度だったのかもしれない。そう思って、速水を見ようとするが、彼女の声に遮られる。

「ハカセ、ハンですよ」

 周りを見てみる。

「え、どこ?」

 再び速水のことを見ようとしても、今度は「今はこちらを見ないでください」と言った。

 不思議なことを言うようになったな、と思い、私はなんとか場を繋ごうと、

「初恋のことを初色って呼ぶのって、なんだか綺麗だよね」

 と抜かしてみる。彼女は静かに、

「ハンですよ」

とまた言った。嘘つけ。

タクシーが見え、手を挙げる。運転手が止め、扉を開けてくれた。

 

 車内に乗り込む。隣に、知らない女性が乗ろうとしてきた。思わず、というか自然の反応で、私はその女性に聞いた。

「え、あなた誰ですか?」

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