第6話 端的に言うと犯人捜し

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 目を覚ますと、ベッドの上に寝ていた。どこかの個室のようだった。慌てて身を起こした。


「ここは……」


「動いちゃダメよ。しばらく安静にしてて」


 横にいるのは恵子だった。気絶した私を恵子が看病してくれていたのだと瞬時に理解した。


「ごめんなさい、私が気を失ったばっかりに」


「それくらいの反応は普通なんじゃない? まあ溝野ちゃん、運ぶのは大変だったけどね。結構筋肉あるでしょ。体格もいいし」


 私は、館にいる中では黒栖の次くらいに体格がよかった。


「ご迷惑をおかけしました。ここってどこなんですか?」


「二一五号室よ。そんなに遠くまで運べないもの」


 ということは、井口の部屋の向かいか。


「皆さんはどこに?」


「食堂で話し合い中よ。——端的に言うと犯人捜し」


「じゃあ私も行かないと」


「どうして? あんなドロドロした空間、行ってもしょうがないわよ」


「私や遠藤さんが疑われているかもしれません」


「それはそうね。でも大丈夫。溝野ちゃんは疑われてないから」


「どういうことですか?」


「溝野ちゃんにはアリバイが成立してる」


「えっ」


 予想外の答えだった。井口が殺されるまでの自分の行動を振り返ってみる。


 美里、恵子と庭に出る。真渕に会って投げ飛ばす。庭を回って館に戻る。ここまではアリバイがある。でも、部屋に入ってからはずっと一人で過ごしていた。アリバイなど作っていない。


「やっぱり気になるので、食堂に行きたいです」


「溝野ちゃんが言うなら止めないけど、体は大丈夫?」


「はい。全面回復しました」


 本当はちょっと頭が痛いが、大きな問題ではないだろう。


 食堂を覗くと、食卓を囲んで激論が交わされていた。


 美里が、真渕に向かって大きな声で何やら言っている。


「恵子ちゃんは料理を作ってたっていうアリバイがあるやろ。冷蔵庫見てないんか? あんな手の込んだ料理は短時間では作れん。やからあんたが犯人で決まりやねん」


「あぁ? 決めつけんじゃねえ。殴られてえのか? 料理を作るのが異常に速いだけかもしれねえじゃねえか。それに、黒栖が犯人なのかもしれねえ」


「あんたが一番怪しいんやって。黒栖さんも何か言ったってーや」


「俺は事実を述べただけだ。ケンカに興味はない」


 とても入りにくい。そっと扉を開けた。美里がこちらに気づき、飛びついてきた。


「望実ちゃん、元気になったんか! ほら、望実ちゃんも言ったって。こいつが犯人なのは分かってんねん」


 真渕を指さしながら言った。


 真渕が犯人? 状況が理解できず、混乱した。


「ちょっと待ってください、状況が……」


「とりあえず、望実ちゃんも恵子ちゃんも座って」


 美里は、二人が食卓に座ったのを確認し、黒栖の方を見た。


「説明したげて」


「ああ」


 黒栖が、相変わらず暗い目をしたまま淡々と答えた。


「まず、井口の死因からだ。俺と町谷で調べたところ、首に索条痕が残っていた。他に目立った傷はないから、窒息死ということだろう。凶器らしきものはなかった。他殺と見ていいだろう。自殺だとしても、何者かが紐を外して隠滅したことになる」


 窒息死。背筋に冷たいものが走った。


「次に、いつ殺されたかだ。和泉たち三人が庭に出た直後、井口は二一〇号室に行った。俺と町谷はロビーにいた。途中で不機嫌そうに真渕が入ってきて、二一七号室へ向かった。腰を相当痛そうにしていた」


「ごめんなさい」


 思わず頭を下げた。真渕は足を組んで「ふん」とだけ吐き捨てた。黒栖は小首をかしげた。


「その辺の経緯はよく知らないが——。真渕が部屋へ向かったあと、和泉たち三人が帰ってきた。まず、遠藤が部屋に戻る。それから、溝野、和泉、町谷の順に自室へ行った」


「黒栖さんはどうされたんですか?」


「ずっとロビーのソファにいた」


 状況が飲みこめてきた。


「ロビーが俺だけになってから五分くらいして、遠藤が出てきた。食堂に入っていくのを見た」


「食堂を通って厨房に行ったのよ。で、料理を作って、みんなを呼びに行ったってわけ」


「なるほど。アリバイというのは何ですか?」


 黒栖が深刻そうに答えた。


「俺はずっとロビーにいたが、遠藤以外は通らなかった。さすがに誰かが来たら気づいただろう。二階は吹き抜けになっているから、溝野、和泉、町谷の三人は井口の部屋に行けない。ちなみに、俺はトイレなどにも行っていない」


 そういうからくりだったのか。部屋から出なかったのがむしろ功を奏したらしい。運がよかった。


 美里が黒栖の肩に手を置いた。


「そんな残念そうに言わんでええねんで。犯人を絞る手がかりになったんやから」


 黒栖は彼女の手を外した。


「俺は自分自身が証人だから容疑者圏内にいるとも言える」


「大丈夫、どうせ犯人はこの真渕で決まりやから」


 名指しされた真渕はまたキレた。


「俺じゃねえ。決めつけんな。死ね」


 場が凍りついた。真渕は「しまった」とつぶやいたが、時すでに遅し。容疑者の第一候補と成り下がった。

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