第6話 悪質ホストからの脱却
橋野おじさんは、真顔になって話を続けた。
「僕の一人娘るみ子は、僕を避けだしてからホストクラブに通うようになったんだ。最初はマッチングアプリで知り合った、一流大学生だと名乗る二十二歳の男ー吉崎雄也ーとお茶を飲む程度のつきあいをしていた。
吉崎は、まるでお笑い芸人のように、ジョークを言ってるみ子を笑わせてくれたという」
やれやれ、女性をモノにしようとするワル男に共通する常套手段である。
しかし、男慣れしていない女性ほど、簡単にその罠に引っかかってしまう。
私は軽いため息を悟られないように、橋野おじさんの話に聞き入っていた。
「今までクラスメートの男子とでさえ話したことのなかったるみ子は、吉崎に夢中になるのには時間がかからなかった。
思春期の男子って、意識している女子に対してかえって冷たいことを言ったりするだろう。でも、るみ子はそれを悪意と受け取ったんだ。
吉崎と洒落たカフェで会って三回目、吉崎はピラフを食べながら、軽い調子で実は学生と名乗っていたが、ホストであることを打ち明けたんだ。
吉崎曰く「嘘をついてごめん。君に嫌われたくなかったという一心だったんだ。
今から僕の勤めている店に来てくれないかな。あっ、初回料金は千円だから、心配しなくていいよ。クラブの仲間に君を紹介したいんだ」」
私はピンときた。
これは同伴出勤の一種だな。そしてクラブの仲間と知り合いになることで、ホストクラブ漬けに育てようとしてるんだな。
十代の女性はホストのいい鴨であり、すぐホストクラブのムードに染まってしまい、ネオンの下でホストにちやほやされるのが、なんだかプライドの一種みたいになってしまい、担当ホストが神様代わりになってしまう。
正体は、神様の皮を被った悪魔ということに気付かないままに。
橋野おじさんは、嘆くように声を振り絞った。
「るみ子の変化に気付いたのは、金髪にしたときからだった。
なんとるみ子は、家族に内緒で昼間の風俗であるデリヘルに勤めるようになっていたのだった。
るみ子は、若かったのでナンバー1だった。
しかし、梅毒になってしまったんだ」
ギョギョギョエー。梅毒というと、手や顔にも3㎜の腫物ができる怖い病気だ。
人によっては、性病の毒が頭に回ると暴力を振るったり、わけのわからぬことをわめいたりして、廃人同様になってしまう。
橋野は話を続けた。
「るみ子は、デリヘルも解雇されてしまい、なんと立ちんぼになってしまうかもしれないんだ」
ゲゲゲ―、なんという地獄まっしぐら。
風俗は三万円ほどかかるが、立ちんぼは家賃が要らない分、一万五千円でホテル行きである。
裏に反社がついているわけでないので、ある意味自由に活動できる。
2023年7月、ホスト問題が浮上するに比例するように、立ちんぼ女性の数も増加の一途をたどっている最中である。
解決策としては、売掛金を廃止することである。
女性客は帰り際、靑伝票を見せられる。
従来の請求書とは違って、日付も詳細もいやそれ以前に宛て名も差出人に書かれていない。
ただ多額の金額ー最低五十万円を超えるーだけが明示されている。
これはホストと女性客をつなぐラブレター代わりの青伝票と言われている。
おそらく法律に疎い若い女性客のホストに対する恋心を、巧みに利用したものであろう。
担当ホストに依存しきっている若い女性は、担当ホストのいいなりになるしかない。その女性心理を利用した、金儲けいやぼったくりとしか言いようがない。
しかしホスト及びホストクラブという別次元にどっぷりと依存した女性は、その別次元に通うために、風俗にまで通ってホストに貢ごうとする。
ホストクラブはなんといっても、一晩で大金を使ってくれる上客を大切にする。
シャンパン一本最低三十万円、シャンパンタワーというと最低百万円は越える。
なかには一本三百万円のルイ十三世などの飾りボトルも、これ見よがしに飾られている。これは、女性客は担当ホストのために大金を使ったんだよというひとつのステータスを越えた勲章にもなる。
もちろん、その分だけナンバー1(といっても、売掛金が回収できず給料ゼロのナンバー1も存在するが)が席についたりサービスをよくしてくれる。
シャンパンタワーが始まると、担当ホスト全員が一斉にシャンパンコールを始めるので、シャンパンタワーを注文した女性客はまるでトップアイドルになったかのような錯覚に陥る。
そして、誰もホストがつかなくなり放置された女性客は、孤独感を増す一方であり、次は私がシャンパンタワーをしようとする必要性に迫られる。
孤独になりたくない女性の心理をくすぐり、気がつけば大金を遣わせるのがホストクラブのやり方である。
気がついたときには、初回料金千円に始まり、次回は二万円、三回目は青伝票百万円を超えるなんていうシステムになってきている。
しかし、売掛金制度というのは、女性客が支払ってくれないとホストが自腹を切ることになるので、ホストの方も必死である。
かといって、ホストの方から風俗に行ってくれと強要すると、人身売買になりかねないので、女性客の方から「私、売掛金を支払うためには、どうしたらいいの?」と相手に相談させる。
すると困り顔のホスト、女性客の間にビシッとした債権回収の第三者ーホストクラブの顧問弁護士のケースもあるーが加わり、女性に風俗へ行くしかないことを示唆する。
なかには、高校を卒業したばかりの十八歳の女性が、歌舞伎町から地方、あげくの果ては沖縄や海外の風俗に身を沈めるというケースもあり得る。
立ちんぼというのは、最後の手段であろう。
歌舞伎町の風俗だと三万円が相場であるが、立ちんぼならその半額である。
しかし、立ちんぼなら風俗という客を意識した客商売でもないので、衛生管理も行き届いておらず、梅毒など性病になることも多い。
なかには性病が脳に回る場合もあり、そうなると廃人同様になってしまう。
風俗に身を沈めるとは、まさに言得て妙である。
私はようやく我にかえって、橋野おじさんに問いかけてみた。
真顔では真っ暗な闇の世界に入る一方なので、わざとおどけてレポーターを真似てみた。
「あららら、私の目の前で別の世界が展開されています。といっても決して対岸の火事ではなく、女性だったら誰にでも起こりうること。
ただし男性には起こりません。なぜなら男性はただ大金を費やすだけで、身体まで担保にとられませんものね。
身体で支払うなんてことは、ひっくり返ってもできないですよ」
橋野おじさんは真顔で言った。
「まあ、るみ子はまだそこまでは行ってないようだが、ホストの吉崎に夢中になると、風俗行きかもしれない。
僕は、るみ子が心配でならないんだよ」
橋野おじさんは、深刻そうな顔をして私を見つめたので、私も真顔で返した。
「母と子とは命でつながっているから、母は子を愛するのが当たり前。
しかし、父と子は命でつながっていないので、父の愛こそが本物の愛というわね。橋野さんのその真心、るみ子さんに伝わっている筈よ」
橋野おじさんは、私に問いかけた。
「地方から東京に行った娘がホストクラブに通った挙句の果て、ある日弁護士がやってきて、いきなり五百万円と明示された青伝票を提示して、
「私どもホストクラブは、お嬢さんに金銭サギにあっています。
そこで、保護者様に売掛金の五百万円、支払っていただきたいのです。
このことは、警察や弁護士、司法書士に相談しても無意味ですよ」
そこで親御さんは、体裁を取り繕うために一応、大金を払うというが、その五百万という金も、本当に売掛金なのかどうか、詳細はわからないという。
請求書みたいに日付、金額の詳細、宛名、差出人も明示されていない」
私は返答した。
「まあ、親御さんは娘可愛さと世間体のために、半分はぼったくりにあったようなものね。こんなことが通用すると、女性客もその親御さんも、潰れてしまうわ。
そしてホストクラブ自体も、いずれは制裁を負うときが訪れるわ。
聖書にでもあるじゃない。
「隠していたことはあらわにするためにあるのであり、覆いをかけられたものは、取り外されるためにあるのである」と」
すると橋野はニトログリセリンの入ったポケットから、いきなり十字架のペンダントを取り出した。
「僕は昔から、なぜか十字架が好きでね、十字架さえ身につけていれば、世の中の悪霊から守られるような気がするんだ。
もちろん拝みはしないけれどね、なんだか僕のお守り代わりだよ」
私は提案した。
「まず、るみ子さんはホスト吉崎と別れることね。そうすれば解決の道は開かれるわ。
あまりホストクラブに入り浸っていると、あのシャンデリアの豪華なムードとシャンパンコールの騒がしさと、それとなにより、ホストの甘い言葉になれてしまい、承認欲求が満たされてしまうから、それが日常生活の一部になってしまうのよね。
幸いデリヘル勤務は辞めたんだから、立ちんぼにならないうちに、梅毒を治さなきゃね。
なーんて、これは私が精一杯乏しい頭を雑巾の如く振り絞った、解決策でございます。なーんて、古いギャグか。
あっ、これでも橋野さんの世代に合わせたつもりだよ。
ジェネレーションギャップがあっては、話しにくいものね」
私はこう見えても、おじさん層の客と話を合わせるために、昭和世代を研究している。たいていのおじさん客は、令和世代はついていけず、昭和世代の話をすると、ほっと安らいだような顔になって、ボトルを入れてくれるからである。
そのとき、スマホをがん見していた、後ろの席の客が驚きの声をあげた。
「ギョギョギョエー、歌舞伎町のホストが、男女二人に拉致監禁され、山奥で瀕死の重傷を負ったという。名前は吉崎雄也。まるでアイドルみたいな名前だな」
もしかして、吉崎雄也というのは、橋野おじさんが話していた娘るみ子の担当ホストのこと? 同姓同名でなかったら、それに間違いないわ。
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