第54話
レッスン終わりにかすみはYUKAちゃんの事故について告げた。
「わかることだから言うけど、ファンのYUKAちゃんが数日前、交通事故に遭っていたみたい。ファン同士のSNSのやり取りに気づいて、マネージャーさんから連絡があった。実は2週間後の定期ライブ、今のところチケットの予約をしていたのは彼女だけだった」
私は口元を押さえる。
「状態は?」
「接触自体は軽かったんだけど、事故の衝撃にスマホが壊れていたせいで救急車の到着が遅れたみたい。まだ意識は戻ってない」
「クソ!」
姫夏は丸椅子を蹴ろうとして、足を止めた。
「動員なんてまた増やせばいい。でも一人ひとりのファンは――」
「私たちに何かできることは?」
かすみは「落ち着いて」と無理なことを言った。
「YUKAちゃんは桜推しだったからね。気持ちはわかるけど、私たちにできることは何もないわ。私たちは家族でも友達でもない。ライブに来た時に、全力で迎えることしかできないの」
「でも……」
「私たちはアイドルよ。次に来た時に笑顔で迎えましょう」
「……はい」
「姫夏もね」
答えない。
「それでなんだけど、もしふたりがよければ明日もまた練習しない? 一人だと気持ちが落ち着かないと思うから、みんなで集まりましょう」
「私はいいですよ」
明日は司法書士の叔父と話し合いをする予定だが、夕方から予定は無い。
「私はバイトなので、終わってこれたら来ます。それじゃ」
姫夏はスポーツバッグを担いで、出て行ってしまった。
「まったく……」
かすみもバッグを背負った。
「ファンのことになると誰よりも熱いのは良いところなんだけどね。悪意は無いから気にしなくていいからね」
「わかってます」
いい子ねって感じで私の頭を撫でた。
「この後、ご飯どう?」
「寮の門限があるんで」
「そっか。じゃあ、途中まで一緒に帰ろう」
私とかすみさんは一緒にダンススタジオを出て、一緒に駅へ向かい、一緒に電車に乗った。でも、お互いに話をしなかった。それでも、一言も口をきかなかったとしても、誰かと居ないと気持ちがダメになりそうな雰囲気がした。
一度でもライブに来たことがある人は。ライブに来る回数は減ってもいい。でも、元気で、できればファンのままでいてほしい。
YUKAちゃんのSNSを見る。披露宴のメニューの写真が最後の投稿だった。もうすぐ結婚式と言っていた。過去の投稿を遡ると私たちのステージを切り取った写真と、私との2ショットの投稿で指が止まった。
私はアイドルになって本当に良かったと思う。だから、
だから、YUKAちゃん帰ってきて
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