第53話
曲の終わりと同時にかすみのスマホが鳴って、そのまま休憩になった。
久しぶりの3人そろっての練習に私は息を切らしていた。よろけるようにスタジオの隅にある丸椅子に腰かける。姫夏がドリンクボトルを渡した。
「ありがとうございます」
メンバー間では、名前は呼び捨てなのに会話するときは敬語の関係に、最近はだいぶ慣れたような気がする。
ボトルを傾けると、残り少しになっていて、全部を口内に流し込んだ。入りきらなかったドリンクが口元を流れた。
お母さんのお葬式を終えたのが昨日。今日からようやく3人での活動を再開していた。お父さんとおばあちゃんのお葬式はまだ日程すら決まっていない。色々あったせいか、あるいはまだ全部の葬儀が終わっていないせいかそこまで実感はない。
姫夏は担当カラーのボトルを傾け、口から離した。私と違って、汗はそこまでかいていない。
「調子良さそうだね」
「はい。合宿所でも練習させてもらってるので」
「そっか」
突然、姫夏は代表曲の主旋律を歌う。私もハモリを合わせた。すると、次は姫夏さんがハモリパートを歌い、私が主旋律を歌った。この曲で私が主旋律を歌うタイミングは無いが、うまくできた方だと思う。
「音の取り方はまだまだだけど、声量はあがってるみたいだね。こっちもちゃんと練習してるんじゃん」
近くに椅子がなかったので、姫夏さんは床に腰をおろした。私も急いで隣に座る。姫夏は「いいのに」って笑った。
「次の定期ライブ、出ないんだって?」
「まだ出ないって決めたわけじゃないんですが、やっぱり怖いです」
「怖い? ステージに立つのが?」
「はい。自分の実勅不足のせいですけど、誰もいない真っ暗な客席と向き合うのが怖いです」
「そっか。『怖い』か……」
「姫夏さんは怖くないですか」
「……『怖くないよ』って言ってほしい?」
「??」
「怖いよ。アイドルやる前、路上で音楽やってた時からずっと怖い。今も、もしかした今の方がもっと怖いと思うし、これからもずっと怖くなくなるってことはないと思う。私って怠け者だからさ、怖くないと頑張らないと思うんだよね。怖いから、怖い気持ちを紛らわせるために頑張るし、怖い気持ちを薄れさせるために頑張ってるんだと思う。はじまっちゃえば楽しいってわかってるのに、まあ、この前みたいにはじまっても全然楽しくないときもあるけどね。怖いってことがわかった桜はもっと素敵なアイドルになると思うよ」
「そういうものですか」
「……どうかな?」
「ちょっと――」
「私、歌うのが大好き。だから、ここで歌ってる。でも、ここで、みんなでステージを作る楽しさを知ってしまったらもう普通の好きには戻れない。そのステージに、私たちもスタッフ、ファンも欠かせない。不可欠なものが欠けるかもしれないっていうのは恐怖でいいんだよ」
かすみが帰ってきた。姫夏さんが立ち上がり、私も立ち上がる。
「お待たせ。じゃあ、再開しよっか」
「かすみさん」
「なに?」
「次の定期ライブ、私も出させてください」
私はリスタートを切りたいと思った。
かすみは「そっか」って微笑んでくれた。
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