第52話

 警察署を出たところで葵は女性に呼び止められた。

「あの、警察ってまだやってますか?」

 時刻は夜9時になるところだった。建物内の電気は薄くしてあり、なるほどスーパーマーケットの閉店後に見えなくもなかった。

「いちよう24時間営業なので、そこの扉から入って当直の職員に相談してください」

「わかりました。ありがとうございます」

 葵は2、3歩進みかけて振り返った。

「どういったご用件でしょうか。もしよかったら、私が聞きますよ」

 今日の当直の女性たちは先ほどの万引き事件で駆り出されてしまった。

「ありがとうございます。これを見てください」

 ロビーに案内すると、女性はスマホの写真を何枚か見せてきた。撮影日は3日前。小梨麻帆を保護した日だった。夕方。一台の車を正面から写していた。彼女が親指でスクロールするたびに、フロントガラスが近付いてくる。そこには小梨麻帆の父親が逃走する姿が写っていた。逃げきれないことを悟り、この数時間後に焼身自殺をすることになる。

 しかし、これを見てそれが信じられなくなった。

 笑っているのだ。警察に追い詰められ、屋上から逃走し、パトカーに追跡されているはずなのに。すべてが計算、すべてがうまくいっている様な笑顔だった。今回の事件を思い出す。


 炎、死体、すり替え、


「まさか――」

 自分のスマホで肝心の写真を写メって、女性にスマホを返した。

「写真本体をもらいたいのは山々なんですけど、こういうのの受け渡しには特殊な処理があって。得意な職員が今日お休みで、明日来れたりします?」

「今日くらいの時間なら。ここ通り道なので」

「よろしくお願いします」

 葵は女性を入口まで送った。

「今日はありがとうございました」

「こちらこそ、お役に立てればいいのですが。

 実は私、ファンなんです。桜ちゃんの。外回り中にパトカーが来て、偶然撮った写真だったんですけど、桜ちゃんの事件に関係あるかもって気がしたら居ても立ってもいられなくて。引っ越しと結婚式の準備もあってなかなか行けないけど、次の定期ライブには行きたいなって思って。忙しいと思いますけど、はやく時間解決してください」

 女性は深々とお辞儀をした。自分に関係あることでもないのに、こんなにも真剣に心から頭を下げるなんて。ファンてすごいんだなって思う。いや、私もかつてはそうだった。

 事件を早く解決してって言われることは結構ある。でも、こんなに素直に受け止められたのは初めてだったかもしれない。

 頬に雨粒が当たった。見上げる。

「雨降ってきたみたいだからお気をつけて」

「ここから1kmも無いので大丈夫です。ありがとうございます」

 門まで見送って、私はスマホである場所へ電話をかけた。


 10分もしないうちにその女性は大型トラックに撥ねられた。

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