第51話

 またあの夢。お父さんに監禁されていた時の記憶。4人で暮らしていたときには見たことない厚いステーキとボウルいっぱいのシーザーサラダ、上にはローストビーフがのっている。これがテーブルにあると、ああ、また嫌な方の夢だってわかる。入院していた時から何度も見た。どうせなら、お姉ちゃんもお母さんもいる幸せは風景にならないだろうか。

 「食べなさい」とお父さんに促されて空いていないお腹に肉の塊を詰めていく。「おいしいよ」なんて言いながら。夢でも満腹になった感覚はあった。

 夢の中は汗ひとつかいていないのに、汗だくの不快感だけがあった。

 そこからのストーリーもいつもと同じ。監禁された私。それに微笑むお父さん。いつものにおい。ここで目が覚めた。

 呼吸を整えながら、夢を思い返す。いつものにおい。

 お姉ちゃんが弥生ちゃんとトレーニングに行くのを見送って、ベッドに横になって小説を読んでいた。電気は点いたまま、読みかけの文庫は閉じるのを忘れて枕元に転がっていた。起き上がると、机には開いたままの理科の問題集があった。休憩したつもりが2時間くらい過ぎていた。

 『レッスン室にいる。起きたら連絡して』のメールに、『ごめん。今起きた』と返信した。

 いつもの夢に出てくるあのにおい、何なのだろう。

 蒸れた髪に空気を入れて膨らませる。

 あのにおい、もしかして、そんな……

 全身を寒気が走った。


 パキ……


 その時、外から物音が聞こえてきた。窓に近付いてカーテンの隙間から除くと、3メートルほど下、ブロック塀の内側に立っている不審な人物と目が合った。黒のネックフォーマーが鼻まで隠していて顔まではわからない。だが、しっかりとこちらを見ている。


「!」


「だれか! だれか来て!!」


 愛理さんが跳んでくる。

「どうしたの!?」

「外に人がいる」

「え?」

 愛理さんが覗く。男が走り去る、枯葉を踏む音が聞こえる。

 窓を開けて、「まて!」と叫ぶが足音は止まらなかった。愛理さんは窓を閉めて鍵を念入りに確認すると、私の顔を覗き込んだ。

「麻帆ちゃん、大丈夫?」

「はい」

 そこにトレーニングを終えたお姉ちゃんと弥生ちゃんが入ってきた。

「愛理さん? どうしたんですか?」

「桜、あと弥生も、麻帆ちゃんと一緒にいてあげて。私は守衛さんに話してくる」

 状況はわかっていないが、弥生ちゃんが「はい」と返事をする。

「愛理さん、警察にも連絡してください」

 自分が思ったより大きな声が出た。愛理さんは「うん、わかった」と大丈夫だよって微笑んで見せた。

 まだ事件は終わっていない。最後にお父さんと会ったとき、感じた臭い。あれは石油の揮発臭だった。お父さんの焼身自殺は突発的なものじゃない。何か、別の何かがあったんだ。

 事件はまだ続いている。

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