第48話

 食堂に入ったところでスマホがバイブした。かすみから。「ちょっと、ごめん」と麻帆を呼び止める。

「はい、さくらです」

『お疲れ様。まだ病院?』

「はい。麻帆も一緒です」

『そう。それならよかった。手短に話すね』

 要件は主にふたつ。まずは私と麻帆の住む場所について。1カ月程度は愛理さんの事務所が持っている合宿所に間借りできることになった。警備員さんもいるし、麻帆の高校に通うメンバーもいるから気がまぎれるだろうという配慮だった。

 ふたつ目は今後の活動について。週末に出演を予定していた対バンライブの出演は辞退、その翌週の物産イベントは姫夏のみの参加なので私とかすみはオフの予定。

『その後の定期ライブはどうする?』

 ライブ……

 心の中で繰り返して、意味を理解するのにちょっとかかった。

 お父さんとお母さんとおばあちゃんのお葬式、燃えてしまった家と家財の処分、行政の手続き、その間も警察の事情聴取が待っているだろう。そして、何より麻帆の体と気持ちのケアが必要だ。残された家族として、姉としてやらなければならないことがいっぱいあった。

 そして、この瞬間にも誰もいないステージに立つ恐怖、一本のサイリウムもない声援のない空間の暗闇がフラッシュバックしてしまった。

 だいじょうぶ……

 スマホを持つ手が震えた。

 だいじょうぶ……

「ごめんなさい。もう少し考えさせてください」

『わかった。今のところは、私と姫夏だけの出演予定にしておく』

 「ごめんなさい」ともう一度言うと、かすみは『しょうがないよ。2、3日入院するんでしょ? その間には顔出すよ』と笑った。でも、その笑い声には疲れの色が見えた。SNSを見たが、私が生きていたことがニュースになり、かすみはその対応に追われていたに違いない。「ありがとう」と言いたいのに、どうしても「ごめん」になってしまう自分が嫌いだった。

『変なこと聞いて悪かったね。こっちも告知用のフライヤー作らなくちゃで。大人になるの嫌だね』

「謝るのはこっちの方です。ごめんなさい」

 ため息で終わりそうな電話を、麻帆が横から奪った。私と反対側からスマホに話しかける。

「かすみさん、麻帆です」

『麻帆ちゃん? 大丈夫?』

「私は大丈夫です。お姉ちゃんもいるし」

『そっか』

「今回はいろいろありがとうございました」

『そんなことないよ。またライブ観においでね』

「はい、楽しみにしています。失礼します」

 私の頭の上を通過する感じで電話を終えた。

 2、3歩進んだところで、麻帆がこちらを向く。

「早く行こう。お腹空いた」

「うん」

 努めて麻帆が明るく振舞っているのが分かった。つらかったはずなのに。かすみの生誕イベントで花束を渡すことも躊躇(ためら)っていた妹はすっかり気を使える大人に成長していた。私もしっかりしなきゃ。

 この日のA定食はチキン南蛮だった。

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