第47話

 本部への報告を終えて待合室に戻るともう誰もいなくなっていた。診察時間は過ぎ、患者も家族も帰ったのだろう。しかし、救急病院の役割も担っているため、電気を消すことはできないのだろう。蛍光灯に照らされる広いスペースには非日常感が漂っていた。

 葵は息を吐く。

 ヒーローになったなんて思うつもりもない。ギリギリ助かったっていう安堵感と恐怖しか残っていなかった。

 捜査本部の指揮官に直接資料を渡し、力いっぱい説明した。すると、うちの署の先輩たちの加勢もあって、私の資料も捜査に取り入れてくれることとなった。それからはうまく事が進み、例の白いセダンの足取りを追ってあのマンションにたどり着いた。担当エリアの所轄署、マンションの管理会社が協力的だったから、なんとか小梨麻帆を救うことができた。全部が綱渡りだった。

 背もたれに寄り掛かると、防弾チョッキを付けたままだったことに気づいた。脱いで自分の左に座らせる。POLICEの文字が私を向く。初めて警察に入ってよかったと思ったかもしれない。

 さっきの電話で、小梨さくらの父親が車ごと焼身自殺をしたと告げられていた。まだ報道されていないが、今夜の警察会見で発表されるようだ。マスコミによってはもう把握して速報を流しているかもしれない。このまま隠してもあの姉妹には知られてしまうこと。でも、私の口からそれをどうやって伝えようか考えると頭が痛かった。

 取りあえず、防弾ジョッキを返しに行くか。ここから最寄り警察署は歩けない距離ではなかったなかったはずだ。

 立ち上がると、病院に入った時、小梨麻帆を引き受けた医師がこちらへ歩いてきた。

「お疲れ様です。先ほどの患者さんですが、今日やれる検査は全部やって今のところ脳や内臓には異常無いようです。明日も異常がなければ、明後日には退院できますよ。その間は病室の前で見張りされるんですか?」

「いちよう、そのつもりです。ご迷惑をおかけします」

「いえ、ご迷惑だなんて。お仕事お疲れ様です」

 それだけ言って医師は待合室を出ていった。私はそれを見送ると、抜けたように腰がソファーに落ちた。

 終わった……

 犯人死亡は後味が悪いが、不審な火事、殺人、そして、監禁。小梨さくらも小梨麻帆も無事に救出された。ふたりが助かるなら、犯人も動機もどうでもよくなった。無事ならそれで。蛍光灯が一呼吸して、私は我に返って。

 見張りがてらふたりの様子を確認して、今日は帰ろう。


 その時だった。スマホがバイブする。発信元を見て凍りついた。

「はい」

『今、ひとり?』

「はい」

『ふたりは無事?』

「はい」

『そう。それはよかった。でもね、まだ終わりじゃないよ』

 聞き返そうとしたときには、電話は切られていた。私はふたりがいる病室へ急いだ。

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