第46話
さくらは目の前の光景に言葉を失った。警察での事情聴取の後、理由も告げられずここに連れてこられた。またも何も言われずに車から下され、目の前の4階建てほどのマンションを眺めていた。警察官ふたりが慎重な足取りで進み、一室の前にたどり着くと、中の様子を伺っていた。しばらくそのままののち、一息にマンションの扉を開けた。玄関でしばらく言い争いをしたが、次の瞬間、扉から死んだと思っていた父親が飛び出してきた。女性警官を突き飛ばして、廊下を翔ける。
「逃がすな」
ショートカットの女性警官が良く響く声で叫んだ。それを合図に駐車場に停めてあった車から制服警官が現れてマンションの建物を囲んだ。お父さんはそれを見て、逃げる方向を階段の上に切り替える。非常階段を上へ上へ、長くなった影が屋上へたどり着いた。1分ほど遅れて警察の塊も屋上へ上がった。じりじりと距離を詰める。何か言い合っているようだが、言葉としてこちらに届いてこない。
「さくら?」
後から声をかけられて振り向いた。姫夏と愛理さんが息を切らしている。
「どうなってるの?」
「私もわからない」
答えながら、姫夏の隣に並ぶ。知ってる顔があって安心する。そして、もう一度屋上を見た時だった。
お父さんの影が屋上から消えた。急いで警察官たちが屋上の隅に駆け寄る。
お父さんっ……
アパートに向かおうとして、姫夏に手を捕まれた。
「あっちは私が見に行くから、さくらはここに居て」
それだけ言って、姫夏はお父さんが消えていった方へ走っていった。
追おうとする私を今度は愛理さんが止めた。
「姫夏に任せよ。さくらが行く方向はあっち」
愛理さんが指さした方向には、女性警官に肩を借りながら灰色の毛布をローブのようにかけられた人物が階段を降りてきて、今1階にたどり着いたところだった。彼女を夕日のオレンジ色の光が包む。その小柄なシルエットは毛布越しにもはっきりと誰かわかった。
涙が溢れる。
もう彼女のことしか視界に入らない。
愛理さんに背中を押され、1歩2歩と現実を確かめるように進む。早く会いたいのに、早く触れたいのに、体がうまく前へ進まない。それでも確実に近付いていった。
抱きしめる直前、彼女は毛布を払った。
誰よりも会いたかった
「麻帆!!」
抱きしめた。妹も私につかまって体を預けた。か細い声で「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と呼んだ。彼女の頬が冷えているのに気づいて、毛布を被せて強く抱きしめた。
遠くでパトカーのサイレンが響いた。でもそんなこと、私たちにはどうでもいいことだった。
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