第43話

「失礼します」

 葵は電話を切った。血液検査の結果と白い乗用車のことを捜査関係者に伝えたが反応は今一つだった。

「どうするの?」

「持って行って説得するだけです」

 血液検査の結果を閉じたバインダーをバッグに仕舞う。がんばれば3時間で戻れるだろうか。「ありがとうございました」と頭を下げて病院を後にした。



 ドアを閉める音で麻帆は目を覚ました。お父さんはこちらに向かってくる。私は牢屋のように改造された部屋から逃げられない。

「ただいま。いい子にしていたか。ご飯にするからね」

 お父さんは黒の作業姿だった。上機嫌に昔のポップスを口ずさんでいる。熱せられたフライパンから焼ける肉の香りがする。

 声をかけるのも気持ちが悪かったが、少しでも情報が欲しかった。

「お父さん、何か良いことあったの?」

「わかるかい。麻帆にもすぐわかるよ」

 お父さんはその後もブランデーをフライパンに振りかけて炎を上げさせた。

「す、すぐって、いつ?」

「明日にはわかるよ。いや、麻帆にはわからないか。苦労したがこれで全部終わるんだ。その時が来たらちゃんと話すからそれまで待っていてくれ」

「わかった」

「いい子だ。それじゃあ、ご飯にしよう。お腹は空いているかい?」

「ええ。とても」



 同じ時刻、姫夏は公園にいた。似合わない黒のキャップを被っている。愛理からは『タクシー乗った』とのメールが来たところだった。それを追いやって、位置共有アプリを立ち上げる。

「ここのどこかに麻帆ちゃんがいる……」

 視界に入るだけで3棟のアパートがあった。どれも5階建て以上に見える。生活していると気づかないが、都内でもアパートはこんなにあるのか。苛立ちを隠さない。昨日、誘拐される直前に愛理から麻帆ちゃんに渡した発信機を探ってここまでたどり着いたが、これではどこの部屋かわからない。

 見える範囲。歩いて行ける範囲。もしかしたら、窓を覗き込めれば見える範囲に麻帆ちゃんがいるのに助けられない。

 片っ端から部屋をノックして回りたい衝動に駆られるが、それでは警察に内緒にしている意味がない。麻帆ちゃんを無事に救出する。手段は選ばない。銃を指先で触れる。

 その時、気配を感じた。立ち上がる。

「よお、誘拐犯」

 黒いコートにスキニー姿の愛理が立っていた。

 姫夏は笑った。

「正義のヒロインの間違いだろ」

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