第42話
警察から電話がかかってきたのは、合宿所の玄関で愛理さんに挨拶をしている時だった。
「桜さん! 桜さん、電話です!!」と廊下から走る音が聞こえた。私はそれを受け取る。受話器を持ってきた弥生ちゃんが息を落ち着け、愛理さんが背中をさすっている。
電話はマダムからだった。
「ありがと」
電話を終えて受話器を返すと弥生ちゃんは心配そうにこちらを見ている。
「大丈夫だよ。警察が迎えに来るからそれまでここにいてほしいって」
「そうですか」と言った後、弥生ちゃんはこちらを見たまま動かなかった。それを見て、愛理さんが弥生ちゃんにレッスン場に戻るように促した。その小柄な後ろ姿を見送ってから会話をはじめた。
「なんだって?」
「生きていることがSNSで騒ぎになってるみたいで。だから、警察が迎えに来るみたいです」
愛理さんがスマホを開き確認する。
「確かに。ライブするより話題になってるじゃん」
「ですね」
「あ、ごめん」
「――いいです」
言うと、愛理さんは私の顔を覗き込んだ。「ちょっと、時間ある?」とレッスン場に連れて行った。
そこには何人かの愛理さんの後輩たちがダンスの練習をしている。正直、みんな私より断然うまい。その中で、弥生ちゃんを見つけた。彼女は私よりちょっとうまいくらいだろうか。目でずっと追っていると、彼女と目が合って瞼だけで会釈された。
愛理さんが段差に座ったので、私も隣に腰を下した。弥生ちゃんはまた自主練に戻った。
「弥生、何で今もステージに立ってるかわかる?」
意味が分からずに小首を傾げる。
「アイドルが好きだからじゃないですか?」
「それもあった。あったけど、その理由で立つ舞台は終わっちゃったんだよね」
「……」
「ステージに立つまでのモチベーションと、ステージに立ち続けるためのモチベーションは別物、でしょ? 1カ月前のステージであの子のアイドル生活は始まって終わるはずだったんだ」
1カ月前の対バンライブの日、楽屋を後にしようとしたとき、ステージ衣装のまま駆け寄ってきた弥生ちゃんの姿は鮮明に思い出せる。一瞬、ファンの子かと思った。
「あの子、呼吸器系の病気があって、フルでパフォーマンスできるのは一曲が限界。だからあの日のライブでステージを経験して退所するはずだった。でも、桜たちのパフォーマンスを見てもう一度同じライブでパフォーマンスをしたいって今も頑張ってる。私のステージじゃないの悔しいけど、あんたたちのステージ見た後『物販行ってきていいですか』って嬉しそうに聞くの見てたら、これでいいかって思った。歌もダンスも弥生の方が上だと思うんだけど、桜のこと憧れちゃったんだからしょうがないよね。あの子にとって、桜がアイドルだし、ライバルになのね。あの子が15分フルにパフォーマンスできるようになるのはまだまだ先だけど、その時、幻滅させないでよ」
それだけ言って、愛理さんは立ち上がると曲が終わったタイミングで弥生ちゃんを呼んだ。弥生ちゃんは駆け寄ってくると練習着のポケットから1枚のカードを取り出して、曲がっているのを直した。
「桜さん、これ」
物販用のスタンプカード。表には弥生ちゃんの名前とSNSのQRコードがプリントしてあり、その下に私の名前を手書きしてある。字は私より数段きれいだった。
「ありがとう。私、カード今持ってないから、次会ったら渡すね」
「え?? いいんですか?」
「もちろん」
「あと――」
弥生ちゃんは言葉を詰まらせた。
「桜さんが大変な時にお願いすることじゃないんですが、2カ月後、私の誕生日、もし生誕ライブをすることができたら、桜さん、出てくれませんか?」
驚いて愛理さんを見る。愛理さんは目を細めた。
「わかった。全部終わったら、必ず出るよ。だから、弥生ちゃんもしっかりね」
彼女は「はい」と力強く頷いた。その時、玄関から「警察の人きましたよー」と声が聞こえてきた。私は荷物を取った。2、3歩進んで振り返る。
「弥生ちゃん、敬語は無しにしよ。私たちはライバルなんだから」
前を向いた。力が湧いてきた。麻帆を絶対助ける。
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