第40話
かすみは対応に追われていた。
『桜が生きている』の記事がもたらした影響はすさまじく、ミーティング前に確認したい事項があったので早めに事務所に来たが、それはまだ叶っていない。
ほとんどは、全く知らない野次馬と自称ライターの人たち。桜に会ったことのない人たちからSNSの事実確認と詳細とあと、なぜか応援の声。2回線しかない電話は途切れることなく着信音を鳴らした。かすみとマネージャーさんでそれにていねいに、「確認中です。わかり次第、ホームページとSNSに掲載します」を繰り返す。奥では、マダムたちが協会、スポンサー、予定しているライブハウスへ説明をしているのが聞こえる。
SNS対応とホームページの原稿づくりをしようと席に座ったが、2行書いたところで進んでいない。思った以上の電話件数と説明の難しさに神経が擦り減る。
電話を切って、架空を見る。息を吐く。
今日電話かけてきた全員が桜の復帰ライブに来てくれたらいいのにな、って意味のない希望を思いついたが、世間の諸行無常の厳しさを知らない年齢でもない。
また電話が鳴った。大きくなりがちな声と感情を落ち着けて受話器を上げた。
葵に、自称・看護師を名乗る女からの電話は唐突だった。電話に出るなり、彼女は「小梨 桜は生きている」と「火災の真相を知りたければすぐに指定された場所へ来い」というものだった。同僚に確認してもらったところによると、小梨桜が生きているというSNSに投稿された時刻より前に私へ連絡してきたことになる。そして、ついさっきまで一緒にいたような口ぶりは信じるに値した。しかも、事故で片付けられそうな事件の突破口があるなら藁でも掴みたい。
都内を出て約2時間で、目的の場所に着く。駐車場の隅に車を停めて、車内から女に電話すると正面入り口から入るように指示された。自動ドアが開くと、消毒用アルコールを香りがツーンとした。県内有数の大学病院の待合室に女は真っ青の看護師服姿で現れた。
「身分証は?」
警察手帳を見せると、病院の奥の奥、大学の研究室と思われる部屋が並ぶスペースに案内された。その内の1つに入る。中は埃を被った実験器具の箱と古い洋書が置かれていて、どうやら資料室兼物置のようだ。奥のテーブルに置いてある茶封筒を取って、私に渡した。取り出す。女は、「小梨家の火災に関する調査資料よ。検体が丸焦げだから警察の証拠にはならないけど」と前置きして説明をはじめた。
「まずは死因。はっきりとは言えないけど、おそらく3人とも殺されてから、黒こげにされているわ。父親と母親からははっきりと刺された痕が確認できた」
「ということは、やっぱり事故じゃなくて殺人事件。すぐに本部へ連絡しないと」
スマホを開くと、「その前に」と女に遮られた。
「これは正式な司法解剖じゃなくて、あくまで私が勝手にやったこと。それに、あなたは本部の人間じゃないはずよ」
「絶対に迷惑かけないようにします。このまま捜査が終わっちゃいけない」
女は感心したように頷く。
「それともう一つだけ。2枚目の表を見て」
見た瞬間、目が資料に釘付けになった。そんなことって…
「そのAが火事で亡くなった成人男性、Bが成人女性、Cが10代女性、そして、Dが小梨 桜本人のDNAデータ」
「え? これって……」
女が言った。
「そうよ。あの日死んだ3人の内、母親以外は偽物。つまりは、小梨 桜と同じように、父親も生きてる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます