第39話
姫夏が警察を出た時、太陽は真南に居た。事情聴取は思いのほかあっさりと終わった。そこから1箇所寄り道をして、今に至る。事務所のミーティングまであと2時間と少しある。
スマホを開くが、SNSに書く記事は無い。見回して、昔ながらの洋食屋を見つけてのれんをくぐると、やっぱりデミグラスソースの香りがした。ナポリタンと迷って、オムライスを頼んでカウンター席に座る。カフェのような高い椅子で、足がぷらぷらした。
さっき愛理から言われた「誘拐犯」の言葉がフラッシュバックされる。
責任は感じている。でも、後悔はしていない。
次のライブのチラシが事務所からメールされてたを思い出す。『次のライブ情報 ふたりだけど、がんばるよ ぜひお楽しみに』にチラシの画像を載せて投稿する。
投稿完了になったとき、オムライスが運ばれてきた。つやつやの黄色いラグビー型のオムライスにデミグラスソースがたっぷりかかっていた。
「SNS載せていいですか?」
「どうぞ」
付け合わせのサラダも入るようにアングルを調整して写真を撮った。
あっと言う間に食べ終わって、コーヒーを待ちながら記事を書く。『甘めのチキンライスたっぷり。午後もがんばるぞ エイエイオー』の『エイエイオー』をやっぱり削除してから写真を載せて投稿する。画面にポップアップが浮かぶ。タップする。
『今回も配信だけどライブ楽しみ』と千紗。
いつもならコメントしない千紗の返信。彼女なりに私を励まそうとしてくれてるのを感じる。彼女もお昼の時間か。まだライブに来れていたころ好き嫌いが多いと言っていたが、ちゃんと病院のご飯を食べれているだろうか。彼女のSNSには写真がほぼ無い。音楽の話と、植物の話が少し。
『ありがとう。配信でも楽しいステージしていくよ。まかせて』と返信する。
食後のコーヒーをブラックで飲み干して席を立つ。立ち上がりながら、メッセンジャーバッグに入った金属が太ももに当たった。そこにはさっき調達した銃が入っている。
「あんたたち見てると、やっぱりうらやましいわ」
「退所するの後悔してるんですか?」
「いや。もうこのチームで私のやりたいことはないからね。
ただ、自分のやりたいことを叶えてる時間より、誰かとステージに立てる時間の方がずっと短いから――。だから、今の3人でステージに立てる時間を大切にしなよ」
朝、食堂で愛理とした会話を思い出す。
大好きで大切だから終わらせなきゃいけないんだ。
銃を鞄の上からなでる。
お店を出ると、スマホが着信した。
「姫夏? 今日のミーティングは中止。事務所に来ないで」
かすみの声は息切れていた。
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