第38話
『小梨 桜は生きている』
SNSを通じてその情報が拡散されるのはあっという間だった。
普段なら個人の一投稿に何の拡散能力もないのだが、はっきりと写る桜の写真、そして、監禁場所と祖母の家の焼失の動画も合わせて投稿していて信憑性を上積みした。警察が桜の事件と祖母の事件を関連づけて発表していなかったこともあり、行政に反発的なネットニュースが取り上げて一気に広まった。今のところ、大手報道機関が追随する様子はないが、それでも所属事務所、関連する警察署では大騒ぎだろう。
知らせてくれた久美にお礼を言って電話を切った。
「くそっ」
明日にはほとんどの者が他のニュースに心を奪われるだろう。でも、そうでない者もいる。そして、無責任な正義感で拡散する。それに応対する者がいる。ゴールはない。そして、そのループが正常な関係と彼女たちの心を破壊していく。急がないと。
予定外の展開にエンジンをかけようとして手を止めた。さっきの女から指定された病院へ向かっていたが、現場に戻るべきか。考えてから、イグニッションキーを回した。エンジンに火が入る。
戻っても、今のわたしにできることはない。
「それで間違ってないよね?」
手帳の開いたページに貼った写真に話しかける。彼女は何も言わないが、私を見つめ返す視線は私を信じてくれているように見えた。
「ごちそうさま」
麻帆は無理矢理に食べ物を食道へ押し込んで手を合わせた。すぐに吐いてしまいたいが、男の前でそんなことはできない。それに、私ができることはお姉ちゃんが助けに来てくれるまで元気でいることだけだ。
「フルーツも食べるかい?」
男は立ち上がろうとするが、麻帆が「いいえ」と止めた。
「もうお腹いっぱい」
がんばって微笑む。
「それならよかった。わたしはいつでも麻帆だけの味方だよ」
男は気持ち悪いくらい自然に笑った。
くもりガラス越しでもわかるほどに強い陽が男の表情を照らした。
私は泣きたいのを気づかれないように、男の目を見て笑い返す。
「ありがとう、お父さん」
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