第37話
夜勤が明けて、夜中に遭った通報なりグチなりの電話をレポートにして提出して、葵が警察を出たのは10時を回ったころだった。朝ご飯を駅の立ち食いソバ屋で済ませて、小梨桜の家についたのはお昼の少し前。日差しが強く冬用のコートでは少しあつい。
現場の前に立つと、現場検証が終わったにも関わらず、立ち入り禁止のテープはそのままで人が近づく気配もない。
屈(かが)んで手を合わせる。目を閉じると、雑多なものが燃えた煙を感じた。
手帳を開く。この事件のために買ったそれを開くと、新聞の切り抜きと同期を総動員して入手した手書きのメモで10ページ、いや、20ページ以上を埋め尽くしている。さすがに捜査情報を直接手に入れることはできないので、図面なども手書きで書かれている。
周囲を見て歩く。燃え残った柱などから手書きの間取りがほぼ正しいことにほっとする。寝室があった面ではもう一度立ったまま手を合わせる。報道によると、3人そろって寝室で寝ていたとのことだった。火元と思われる箇所に近付くと一際黒く燃え落ちている様子がわかる。報道と捜査情報がほぼ一致している。近いうちに事故として報道発表されるだろう。
手帳を閉じて上空を仰ぐ。殺人事件であってほしいと思ってはいない。でも、間違いであってほしいとは思っていた。
あの子はまだ死ぬべきじゃない。
一息吐く。目を開く。
視線を下すと、後ろから声をかけられた。60代でどこか気が弱そうな女性が私に近付いてくる。
「もしかして警察の方ですか?」
「はい。あ。いちよう――」
「報道発表まで、すこし時間稼げる?」
『がんばってはみるけど、新しい署長せっかちだからキビシイよ』
「よろ」とだけ言って電話を切った。刑務課の理沙は呆れ顔だろう。でも、この事件にはまだ明かされていないことがある。さきほど婦人から聞いた話ではこうだ。
火事が起こる日の昼頃、父親が自家用車のトランクを開けたところに大きなスーツケースがあったのを見たということだった。はじめは修学旅行の荷物かと思ったので警察には話していなかったが、よく考えるとその日の朝に次女はもう空港に向かっていて彼女の荷物があるはずないことに気づいたそうだ。父親は亡くなっていて足取りはわからないが、その時間にスーツケースがあるはずがない。手帳を確認すると、スーツケースの残骸は発見されていない。
そもそも車?
女性が言うには、車は持っていたようだ。白色のセダン。が、手元の資料には燃えた痕跡どころか、車を持っていた情報すらない。
誰かが乗っていった?
考える間もなく、またスマホが着信を告げた。
見たことのない番号。「通話」にする。その女は私に静かに告げた。
「小梨 桜は生きている。それに――」
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