第35話

 朝を迎えようとしていた。

 カーテンのない窓から挿し込む光にも、部屋の誰もが目を覚まそうとしない。私が一番はじめに起き上がる。年代物のオイルヒーターがじわりと熱を放出し、奥にある最新式の加湿器が白い湯気を漂わせている。それでもまだ寒い。

 私の隣にはかすみがいて、その向こうに姫夏がいた。ふたりとも、崩れるように寝入っている。スマホをみると、8時を少し回ったところ。午前中には空き巣の現場検証があるので、あと30分くらいで起こさなければならない。それまでは寝ていてほしい。

 こんなタイミングでまた3人そろうとは。

 コンコンコン…

 ノックされる。「はい」と返事をすると、愛理ちゃんが顔を出す。自慢の黒髪ロングをお団子に束ねている。

 「様子どう?」と小声で聞かれたので、私も「まだ寝てる」と小声で答えた。

「まだ帰ってきて、3時間か。もう少し寝た方がいいかもね」

「そうだね。ふたりとも、姉の私よりも麻帆のこと心配してくれて」

「桜も寝てね」

「ありがと。あと、色々とありがと」

「気にしないで。でも、うちのメンバーの子たちがおしゃべりしたそうだから、少しだけ話してあげて。大変な時期かもしれないけど。あんたたち、うちのメンバーから人気あるんだよ――あ、朝ご飯あるから食べるとき声かけて」

「うん。うれしい。ありがと」

 愛理ちゃんは部屋を出て、扉を静かに閉めた。

 麻帆が姿を消した後、かすみは自分を責めて冷静さを失った。言葉を選ばなければ、狂ったように麻帆を探した。姫夏も同じだった。いつもの冷静な参謀としての姿はなかった。私が着いた時にはふたりは汗と涙でぐしゃぐしゃになっていた。このままだとふたりともダメになってしまう。どうにもならなくなった時に、偶然通りかかった愛理ちゃんに一晩泊めてもらうことになった。

 愛理ちゃんはよく一緒の対バンに出させてもらうアイドル仲間で、事務所の寮にいるので空き部屋に泊まっていいとのことだった。半ば力づくでかすみと姫夏を連れてきて、着いた瞬間に糸が切れたように、ふたりとも意識を失い今に至る。

 バッグと毛布を手に取ると、部屋の角に移って腰を下した。毛布を背中からかける。バッグの中にはおばあちゃんちで見つけた、私と麻帆が写っている写真が入っている。そのうちの1枚を手に取った。朝の白い光に照らされる。

 これからどうしたらいいかわからない。誘拐だとしたら、警察にも頼れない。

 でも、麻帆――


「お姉ちゃんが絶対見つけ出すからね」


 写真をスマホで撮ると、そのまま待ち受け画面に設定する。

 まだ肌寒いが、毛布を払って立ち上がった。



 同じ時刻、麻帆はテーブルについていた。机上には温かい朝食が置かれている。しかし、手をつけられるような心境ではなかった。

「なんで」

 「なんで」をいくつ付けても、納得できる状況でなかった。

 そこには1番望んでいた景色が、1番望んでいなかった姿で目の前に広がっていた。

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