第33話

『事務所から出ている以上の情報は私たちもまだわからないの。わかったらみんなに話すから、少しだけ待ってて』

『アルバイト休んじゃった、、、私ってほんとメンタルよわよわ。でも、お夕飯はちゃんと食べれたから心配しないで。料理ヘタだけど、ちゃんと親子丼つくった』

『大丈夫だよ。みんなは私たちを信じて待ってて』

『みんな、おはよう。ちゃんと眠れた? 私もちょっとは寝られたよ。これから事務所に行って打合せ。決まったら、みんなにも伝えるね』

『打合せおわった。かすみの顔見たら元気でた。次のライブはふたりになっちゃうけど、みんなのために私たちがんばるよ』

『こんばんは。かすみと自主練した。わたし、このチームほんとに大好きだわ。(自撮り忘れた)』

『半額のシュウマイ買った。みんなもちゃんと食べて、わたしたちのこと考えて寝るんだよ』


 姫夏のSNSを読み返して、かすみは大きくため息をつく。見上げた先にあった照明がぴかぴかに磨かれていて、あんなところどうやって掃除するんだろうと、とつい考えた。

 もう一度ため息をついて、スマホの画面に戻る。桜の家が火事に遭(あ)ってからの2日、私は事務所からのメッセージを貼って、それからSNSは動かしていない。でも、姫夏はその間も言葉を選びながらファンへの発信を続けていた。事務所の人たちや、私や姫夏が不安になるのと同じくらい、きっとファンのみんなも心配だし、不安だったって考えると申し訳なさが膨らむ。毎回じゃないにしても、休みを取ったり、家庭の用事を片付けてライブに来てくれる方にとっては、ライブの予定が無くなるということははその人の大切な時間を無駄にさせてしまうことになる。

 午前中に見せた私を睨みつけるような姫夏の視線には、こんな感情も混じっていたのかもしれない。私たちが大きくなるってことは、ファンのみんなの予定を確定させることができる。会場や出演時間が直前に決まるのではなく、1カ月後に「この時間に会いに来て」って言える。

「大きくなりたいなあ」

 言葉がこぼれる。

 そして、姫夏のSNSの『私たちを信じて待ってて』と『私、このチームほんとに大好きだわ』をスクショしてにやけた。ファン向けのメッセージだが、普段こういうことを言わない姫夏の言葉に心がうれしくなった。

 なにもコメント出来てないなんて、私、リーダー失格かな。SNSの集客には懐疑的だが、今回はそういう話ではない。入力画面を呼びだして、『こんばんは』の後に『ひさしぶり』を打って、やっぱり『ひさしぶり』を消した瞬間に電話アプリが起動した。

『かすみ? 今だいじょうぶ?』

 桜からだった。

 あれ? 桜?

「あ、ちょっと待って」

 席を立とうとして、ソーセージの乗った鉄板を持ってきた店員さんと目が合う。店員さんは笑って、お席でどうぞと合図してくれる。私はうなづいて座る。

 電話の向こうからスポーツ系のエンジン音が聞こえる。車の中のようだ。

『ごめん。ちょっと色々あって、遅くなった。あと30分くらいで着くと思う。え? あ、はい。あと20分だって。麻帆と会えた?』

「うん、今ふたりでファミレスにいる」

『よかった――。麻帆と代われる?』

「麻帆ちゃんは確かトイレから帰ってきて、電話するってお店の外に行ったけど。電話って、桜とじゃないの?」

 嫌な予感がして、立ち上がった。背中に一筋、汗が流れた。

『電話してないよ。着信もなかったし』

 まさか

「桜ごめんそのまま待ってて」

 席を離れると、入口へ向かった。観葉植物にぶつかりそうになる。

「麻帆ちゃん!!」

 ドアを開く。


 白のセダンがファミレスの前の道路を進み、次の信号を左折した。

 直後にドアから飛び出したかすみが歩道に出る。体を翻(ひるがえ)しながら左右を確認するが、その痕跡は見つけられない。

 かすみは自分を見失っていく中で、一言だけ伝えて電話を切った。

「ごめん。絶対見つけるから」

 かすみは歩道を駆けた。


 麻帆は誘拐された。

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