第31話

 事情聴取を済ませたかすみは例のファミレスへ急いでいた。空き巣の事情聴取の直後なのに、証拠保存のために今夜は家に戻れないのに、その足取りは軽い。小走りのように速い。

 疎らな通行車両が深夜を感じさせる。

 今日は最低な日だった。ここ数日はずっとそう。私たちの曲の歌詞のように、「メトロノームだって帰ってくる」のように同じくらいとは言えないかもしれないけど、うれしい方の涙もあった。きっと今回も私は泣いちゃうだろう。

 桜からメールが来たのは、警察の人が私の家に着いてそんなにしない時間だった。『麻帆がいつものファミレスにいるから、そっちが終わったら迎えに行って! 私もなるべく早く行く。夕飯はおごるから何か食べさせてあげて』。それを見た瞬間、空き巣でいっぱいだった頭の中の不安と恐怖が、麻帆ちゃんでいっぱいになった。警察の人から、「落ち着いていますね」って言われたけど、興味が移っているだけで私だって人並みに、これからどうしようとか、しばらく不安で寝れないかなとか思っていたり、はする。優先順位の問題。

 桜の家の火事からはじまった負のスパイラル――これは私が招いたことかもしれないけど、私たちのワンマンライブの観客数0からはじまった負のスパイラルも、桜と麻帆ちゃんが帰ってきて、全部とはいかないけど収束したらいいなって思った。

 例のお店が目に入った。看板にうっすらと光が灯っている。煉瓦調の外装で窓は無く、中の様子を伺い知ることはできない。

 走ったせいで、吐き息は一際白い。

 半地下に下りる階段を下りる。扉を開く。ドアベルが静かに鳴る。バーカウンターでコーヒーを注いでいた店員と目が合った。「いらっしゃいませ」。私だと気が付くと、「奥へどうぞ」と笑った。

 「ありがとうございます」と返すと、速足でカウンターを抜けて、その先を左に曲がる。その先にはカウンターからは想像できない広さのフロアーが広がっており、8つのボックス席が置かれている。

「麻帆ちゃん!」

 声が響いて、自分でもびっくりする。でも、私よりびっくりした顔で麻帆ちゃんがこちらを向いた。立ち上がる。私はもう一度、麻帆ちゃんの名前を呼んだ。さらにもう一度その名前を呼んだ時には、麻帆ちゃんは私の腕の中にいた。ほらやっぱり泣くって言ったじゃん。ここ数日、この姉妹には何度も泣かされて、リーダーとしての威厳はもうほぼ無い。

 麻帆ちゃんは私の背中に両手を回して、「ありがとう」って言った。その優しい声色を聞いて、麻帆ちゃんも大きくなったんだねって、親戚のおばさんのようなことを思った。


 桜のご両親にはすごく良くしてもらっていたのでそのことはすごく残念だったけど、これで全部ひと段落だと思った。しかし、麻帆ちゃんに会えたことを伝えようとかけた電話に、桜は出なかった。

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