第28話

 かすみからの電話を切って、大きなため息のような息を吐く。雨は降っていないが、路面は対向車のヘッドライトを反射している。少し前まで雨だったのだろう。天気予報を信じれば、いつか雨雲に追いついてしまうかもしれない。遠藤は相変わらず無言で運転している。

 スマホを見つめる。

 姫夏に電話をかける。10コールして留守電に替わる。メッセージを入れずに切る。「大丈夫?」と、あと少しメッセージを入れてメールを送る。

 また、スマホを見つめる。

 姫夏はどうしているだろうか。もう警察が来てくれただろうか。

 かすみから電話があったのは都内に入ってすぐのときだった。姫夏とかすみがそれぞれ空き巣被害にあったと聞かされた。それを伝えるかすみの声は震えていた。私たちの絶対的リーダーが声を震わせて伝えた。そして――。そして、最後に震える声で「桜も気を付けてね」って言った。私はそれに精一杯明るい声で「うん」とだけ答えることしかできなかった。

 同じ日に同じアイドルのメンバー宅が空き巣に襲われるなんて偶然ではない。私の周りで、まだ何か続いている。もしかしたら私が生きていることが誰かに知られ、かすみと姫夏が被害に遭っているとしたら、私は……。

「かすみの家じゃなくて、行ってほしいところがあるんだけど」

 遠藤に声をかける。

 空き巣が入った家で寝るのは怖いので、近くにあるファミレスで夜を越すことにしようと、さっきかすみと話した。そこへ向かう前に姫夏の家に寄って、彼女もつれていこうというわけだ。私たちの中で1番ストイックで1番の気配り屋の姫夏が、私たちの中で1番心配性で1番怖がりだって知っている。

 遠藤に場所を伝えるが、彼は返事をしない。

「ちょっと」

「ちょっと聞いてる?」

 直後、遠藤はハンドルを大きく左へ切り、広くなった路肩に車が停止する。急ブレーキでエンストする。

「なに!」

 文句を言おうと彼を見ると、彼の姿に言葉が止まった。ハンドルに突っ伏して脱力しきっていて、肺からひゅーひゅーと息が切れている。スマホのバックライトを点けると、彼のわき腹がびっしょりと濡れている。触るとドロリと赤い。昨日撃たれた箇所から血が漏れているに違いない。それが服だけでなく、シートや足元のマットまで湿らせていた。

 こんな状態で、何で今日来たのだろう……。

 彼の顔は刻一刻と白くなっていく。

 ここで私が通報したら、私が生きていることが知れてニュースになるかもしれない。私の居場所が知られることになるかもしれない。両親を殺し、放火した犯人にまた狙われるかもしれない。でも、数日前まで知りもしない人で、あの日私を誘拐し、私をかばって銃で撃たれ、今日は燃える建物から私を助けてくれた彼を、見殺しになんてできない。迷わずスマホで1・1・9をコールする。2コールで救急コールセンターにつながる。

「救急車をお願いします。場所は」

 カーナビに写る施設で一番大きそうな神社の名前を伝える。

『救急車を向かわせました。けがの状態を詳しく教えてください。』

「はい。えっと――。え、………………」

 画面に表示されたポップアップに言葉を失った。

『どうしましたか?』

「あ、いえ」

 私は遠藤の出血箇所や、彼の持っていた免許証から生年月日、血液型を伝えたと思う。でも、意識は画面上部分に映るポップアップに支配されていた。


 行方不明になっている麻帆からの着信が表示されていた。

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