第27話

 駅を出てすぐかけた電話は、アパートの見えるところまで来てようやく終わった。かすみは大きく息を吐く。桜からの電話は今の私には情報量が多すぎた。

 桜は妹の麻帆ちゃんを探しに、祖母の家に向かった。しかし、家に着いても呼び鈴に反応がなく、不審に思って家の中を捜索していると遺体となった祖母を発見する。悲しむ間もなく火の気がない家で火災が発生し、煙に巻かれながらも脱出、こちらに向かっているとのことだった。

 麻帆ちゃんの手掛かりは掴めなったようだが、とにかく、桜が無事でよかった。

 「遅くなってもいいから、着いたら連絡して」と「明日はバイト休みだから気にしないで」と「一緒にご飯食べよう」を言うのが精一杯だった。今日、姫夏と話したことや、チケットが売れた話はできなかった。こういうとき元気づけられないところが、リーダー失格だと思う。でも、自分の経験したことない辛(つら)い思いをしている桜にかける言葉なんて、想像もつかない。だからせめて、「おかえりなさい」だけはちゃんと言おうと思った。

 寒さを振り払うように階段をのぼる。駅ビルの割引で買った総菜たちがエコバックごと大きく揺れる。エビチリ、揚げ春巻き、ビビンバ、冷しゃぶサラダと……買いすぎた。麻帆ちゃんを連れてくることも見越して多く買ってしまった。冷蔵庫に空きがあったか不安になる。

 家の鍵を取り出そうとサコッシュに手をかけたとき、スマホが鳴った。姫夏からだった。『通話』にして右耳に当てる。左手では家の鍵を探し当てて、鍵穴に挿し込む。

 姫夏は早口でしゃべった。息も切れているよう。あの姫夏がこんなにあせっているのはめずらしい。

『ちょっと聴いていい?』

「どうしたの?」

『麻帆ちゃん、見なかった? 電話とかなかった?』

「急にどうしたの? 落ち着いて」

『麻帆ちゃんがいないの。何か知らない?』

「知らないよ。桜も会えてないってよ。とりあえず部屋に入るから、ちょっと待ってて」

 挿した鍵を回すが空回りする。

 桜、帰ってる?? そんなこと、ない、か。

 鍵の開いていた扉を押して家に入る。当たり前だが、部屋の中は真っ暗だった。ビニール袋を足音へ下して照明のスイッチを押す。

『ごめん。気が動転しちゃって。うち、空き巣に入られたみたいだから警察呼んだ。手続き終わったら泊りに行っていい?』

「そうなの? いいよ。もちろん」

 一瞬点滅してから、キッチンの真っ白のLEDが点灯する。

「え。ちょっと待って。やっぱ無理」


「うちも空き巣に入られたっぽい」


 キッチンも奥のリビングもきれいに整頓されているように見える。でも、かすみはその風景から目が離せなくなった。何も変わっていないように見える。だけど、何かが違う。私じゃない誰かが触った感覚。違和感。荒らして金品を奪うでもなく何かを探った形跡。全身に鳥肌が立つ。まるで今も見知らぬ誰かがいるんじゃないかって思うほどの緊張感。緊迫感。鼓動をうつ音が止まらない。

 一刻でも早くここからいなくなりたかった。吐きそうなのを我慢して、階段を駆け下りた。

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