第26話
都内の某警察署。当直室のテレビは木造住宅が燃えてる様子を映している。
「遺体が発見され、一人で住んでいた女性と連絡がとれないことから、この遺体はその女性とみられています。名前は――。現場はまだ火柱が上がっており、消防車10台以上が出て消火にあたっています。現場からは以上です」
画面がスタジオに戻されると、災害コメンテーターが乾燥の状況と、最近火災が続いていると話し、次のニュースに移る。燃えているのは小梨 桜の祖母の家だが、先日の小梨 桜の家の火災と関連付けて考えている署員はまだ彼女しかいない。
遺体となった女性の名前に聞き覚えがあった。月曜に家族の焼死体の身元確認に来ていた。私が受け付けて安置所に案内した。修学旅行に行っていて唯一生き残った次女は中学生であったため、祖母が呼ばれ、息子、義理の娘、そして、孫(長女)の身元確認を行った。
その時のことを思い出しながら、当直の署員の夕飯の注文を取って、スマホで注文する。残業をする人の分も合わせて、天丼を15杯頼んで自席に戻ろうとすると、自販機の前でサイダーを飲む先輩に呼び止められる。この人は新婚なのに残業癖が抜けないらしい。
「お前がこの前つれていたばあさんか」
「はい。ご遺体の確認に来ていただいて、私がご案内しました」
「その時、何か変わったことはあったか」
「特に気になることはありませんでした」とだけ話して、会釈して足早に通り過ぎた。私はこの先輩のことが苦手だった。
自分の席に戻り、背もたれがへたっている椅子に腰をかける。
気になることはあった。
戸惑い、目を腫(は)らして駆け付けたのに、遺体を確認した直後に真剣なまなざしに変わり、一通りの手続きが終わった時には、何かを決意したような表情に見えた。それは、子や孫の死を受け入れた顔とは少し違って見えた。背筋がまっすぐになり、足取りもしっかりしていた。そんな遺族はかつて見たことがなかった。皆、一様に泣き崩れるか、嘔吐するかだった。そんな人物が今夜、遺体で発見された。
これは殺人事件だろう。なんとなくだが、確信的にそう思った。
老女はあの時、決心した何かを達成したのだろうか。それとも達成を阻まれて命を落とすことになったのか。
燃えてる様子を見てると、当直終わりに現場に寄ってればちょうどいい時間だろう。寄ろうか、あるいは駅前のお店の新作メニューを優先するか。
昨日切ったばかりの毛先を触る。お決まりのショートボブはいつもより短くされて首元が冷えた。コートを取りにロッカーへ向かおうとしたときだった。
別の警察署で働いている同期からショートメールが届いた。小梨 桜の関係する情報があったら教えてもらうよう頼んであった。
『おつかれさま。――姫夏さんから空き巣の連絡がありました。続報はまたメールします』
小梨 桜と同じアイドルグループのメンバー宅で侵入窃盗。殺人と火災が2件続いて、今度は空き巣。これは関係あるのだろうか。
年上同期の景子さんに電話しようと立ち上がる。今朝、ネックウォーマーを自分の席まで持ってきてしまったを思い出した。一番下の段の引き出しから取り出す。白いモコモコがかわいい。
時間を確認しようと画面を見ると、ショートメールがもう1件。今度は東署の久美からだった。
『あおい、事件あったよ~。――かすみから空き巣の通報。詳しく知りたかったら連絡もとむ』
同じ日、同じアイドルのメンバー宅で立て続けに窃盗事件。まだ何かが起こっていることを確信する。
ネックウォーマーに頭を通して、目を開く。
当直が終わるのが、待ち遠しくなった。
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