第25話
姫夏は上機嫌だった。
かすみと別れてから、少し遠回りしてシュークリームを4つ買ってアパートへ向かう。カスタードと生クリームを2つずつ。麻帆ちゃんはどっちが好きかわからないから、両方買ってしまった。余ったら、明日の朝ごはんにすればいい。
かすみと久しぶりにちゃんと話せて、高揚している自分がいた。あんなに毎週一緒に練習して、ライブしているのに伝えなければ心は離れてしまう。だけど、話せばまた近付いていく。かすみのことがメンバーとしても、友達としても本当に大好きだと感じた。今度は、桜も含めてまた宅呑みしようと約束して別れた。
おいしいワインを飲んだ時のようにぽかぽかする。
アパートの駐車場にたどり着く。クールなお姉さんで通っているから、こんな表情で帰ったら麻帆ちゃんは驚くだろうか。まあ、それも良しか。
すっかり息が白くなる時間帯。それには月が黄色く浮かんでいる。天気予報では曇りと言っていたが、まだ夜を照らしてくれている。
とんとんと階段をのぼる。安っぽい外通路の照明が揺れる。
さっきステージにのぼらせてもらったのを思い出す。ライブ、物販が終わった時間に照明の消えたステージに、かすみと一緒にのぼった。ライブの当日、リハーサルの最後にステージに並んで立って、まだ見えないペンライトが揺れるのを想像するのが私たちのルーティーンだった。まだ当日には1カ月近くあるが、今日はいつもより多くのペンライトが浮かんだ。3色のペンライトが揺れる。
部屋があるフロアまで上がって、麻帆に電話する。出ない。
「寝ちゃったかな」
11時を回っていた。中学生は寝ていてもおかしくない。あるいは、勉強しながら寝落ちたか。
部屋の前に来ると、電気は消えていた。コートのポケットから鍵を取り出して、差し込む。
え? 開いてる??
血の気が引くのがわかった。指先が急に冷たくなる。
「麻帆ちゃん。 麻帆ちゃん。 いないの?」
手探りで台所の照明をつける。電気が灯(とも)されると同時に、その光景に息をのんだ。
食器や野菜が散乱し、冷蔵庫は力任せに倒されていた。蹴られたのだろう、みかんの箱も大きくへこんでいた。
シュークリームの入っている袋が力なく床に落ちる。
麻帆ちゃんは?
こたつの部屋に麻帆ちゃんの姿はなかった。
寝室にも彼女の麻帆ちゃんの姿はなかった。
浴室にも、トイレにも、ベランダにも彼女の姿はなかった。
なんで……
開けっ放しの扉から吹き込んだ冷たい風が私を包んだ。
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