第24話
かすみに「姫夏って、桜のことどう思ってる? もしかして、嫌いじゃないよね?」と聞かれ、姫夏は反射的に言い返す。
「嫌いなわけないじゃん! 私のこと、そんな風に思ってたの?」
それを見て、かすみは背中をベンチの背もたれに深くつけ、星空を見た。東京なのにいつもより星が多く見えた。空が澄んでいるのだろう。
「そっか」と言った。「そっか」と言った。「そっかそっか」と言った。
「姫夏も桜のこと好きだよね」
好きとは言ってないが。
「みんな仲良くできたら良いと思う。でも、仲良くないときがあっても活動しなきゃいけない。リーダーだから、そんなことも気にしなきゃいけないわけさ」
かすみの笑顔を見てるとはずかしくなって、姫夏も星空を見る。寒いけど息が白くなる途中の冬空、自分の悪い気持ちを吸い取ってくれるように皮膚の表面を撫でる冬風は好きだった。
「この前のライブの時、泣き崩れる桜を睨むように見てたからさ、そうだったら嫌だなって思ってさ。今日もなんか機嫌悪そうだったし、さ」
「ああ」と姫夏は納得する。
「久しぶりすぎて忘れたな、って思った。2人でステージに立ちはじめた時、対バン行っても他のアイドルのファンがペンライト振ってくれるだけで、私たち目当てで来てくれる人って全然いなかったじゃん。それから私たち目当てでライブ来てくれる人ができ始めて、顔覚えたファンが増えてきて。私たちのカラーのペンライトが見えただけで、楽しくて、嬉しくて、ライブの後、かすみの家でよく一緒に呑んだじゃん。それから、ファンの増減はあったけど、ペンライトが揺れてるのが当たり前になってた。あの日、かすみが言ったように、常連のファンが来れないのがたまたま重なっただけで、次回のライブはまたいつも通りにはなると思う。だから、あれは桜を見ていたというよりも過去の自分を見ていたっていうか。自分もこんな時があったなって思って。それで、桜にはこんな思いさせたくないなかったなって悔しかった。アイドル、っていうか、社会人として挫折って必要だって思ってる。でも、しなくていい挫折もあると思うし、このタイミングでの挫折はつらすぎるっていうか。桜にかけてあげる言葉も見つからなかったのも悔しかったし。でね、今回の、桜の家が火事になってさ、死んじゃったかもしれないってなった時、もし、ほんとに死んじゃってたら、私、すごく自分を恨んでたと思う。この前のライブの後、何もできなかった自分に対して、さ。手を握って話を聞いてあげればよかった、とか。あの夜、一緒に過ごせばよかった、とか。だから、ライブが終わった瞬間も今日の打合せの時も、どうしていいか、自分の感情に納得いってない、っていう――大体そんな感じかな。」
だから、桜が生きていて本当にうれしかった。
言葉にしたら、自分でも可笑(おか)しくなるほどに感情があふれ出た。私も、かすみが思っているのと同じくらい桜のことが好きなのかもしれない。
かすみが何か言いかけた時、かすみのスマホが短くバイブした。事務所からのメールを開く。
「島田さんからのメール。……次のライブ、チケット1枚売れたって」
姫夏は、かすみと目を合わせる。かすみが先に笑った。姫夏は視線を反らして、夜空に戻した。
桜が生きていることはまだ発表していない。
桜が生きているか確かめるためにチケットを買ったのだろうか、私とかすみを元気づけるためにチケットを買ったのだろうか、あるいは、全然知らずにチケットを買ったのだろうか。それらとは全く関係ない理由なのか。
とにかく私たちはまた誰かの前で歌うことができる。桜のことばっかり言ったけど、私も誰かの前で歌いたかったのだろう。ちょっと泣きそうになった。
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