第23話

「いい? わかった?」

 姫夏は電話で再度確認する。

「私の部屋から出ないこと。誰からの電話にも出ないし、誰にも連絡しないこと。わかった? なるべく早く帰るから」

 麻帆は「わかってるわかってる」って答えた。もう一度「早く帰る」と、「帰りにチョコレートケーキ買っていく」と言って電話を切った。電話の向こうで「子ども扱いするな」とすねていた。アイドルの生活も楽ではないが、ケーキひとつであの子が守れるなら安すぎる。

 かすみから電話があり、理由を聞かされずに呼び出されてから30分。乗り換えがうまくいったから最短で着いたはず。昼間、事務所のミーティングで口答えしたことか、あるいは、麻帆の居場所がばれたのか。後者だった場合は、どうやって誤魔化そうか。

 肺の酸素を空っぽにするように、大きく息を吐く。ステージに立つ時と同じように、緊張感を高めるルーティーンをして、ゆっくりと瞼(まぶた)を上げる。

 かすみがアルバイトしているライブハウスの扉を開く。エントランスに人がいなかったので、分厚い扉を開けてライブスペースへ入る。探すと、かすみはバーカウンターの隣の扉に寄り掛かっていた。

 ステージでは、私と同じ年くらいの女の子がアコースティックギターを弾きながら、オリジナルと思わしき曲を演奏しているところだった。暖色の混じった白のスポットが彼女を包んでいる。客席では2本の黄緑色のペンライトがゆっくりと揺れている。

 姫夏はかすみの隣に並んで、壁に寄り掛かった。その後、2曲をどちらも無言で聴き、明転したタイミングでかすみが話しかけた。

「懐かしいでしょ」

 姫夏は何を言われているかわからない。けど、既視感はあった。

「姫夏が加入してすぐの頃、ふたりでこうやって壁に寄り掛かって、観てたじゃん。ステージの使い方とか、MCとかの勉強で」

「……そうだったね」

「姫夏、ここで壁に寄り掛かって、よく『冷たくて気持ちいい』って言ってたね」

 そんなこと言ってたかなって考える。ライブハウスって、人間の体温でこんなにあたたまるもんかなって程に室温が上がる。その人間のテンションに温められたフロアの中で、唯一冷たい壁に寄り掛かるのは好きだったかもしれない。でも、今日はアコースティックライブだから冷たすぎるが。

 「中ではあれだから」とかすみが外を指さす。私が頷くと、店の奥に「私、ちょっと出てきます」と声をかける。が、反応が無かったので、近くのテーブルにCDを並べて座っている咲さんに用が合ったら呼ぶよう頼んだ。咲さんはかすみの友達で、このお店の常連のシンガーである。今日もトリを務めるだろうから、それまではあのまま座っているだろう。

「姫夏、ちょっと話しよう」

 お店を出たところにあるバス停のベンチに座る。かすみが開口一番に聞いたことはこれだった。


「姫夏って、桜のことどう思ってる? もしかして、嫌いじゃないよね?」

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