第21話

 結局、雨は降らなかった。

 でも、どこかでは降ったのだろう。少し開けた窓から雨のにおいがした。

 扉を開けて外に出る。市営公園の遊具は曇り気味のブルーアワーに映し出されている。触ると、錆が当たって痛い。

 ベンチに腰をかける。吐く息は白くない。

 おばあちゃんちを出てから、2時間が経とうとしている。ネットニュースによると、おばあちゃんの遺体の話はしているが、麻帆についての速報はない。

 おばあちゃんには悪いが、ほっとしている自分がいた。

 だが、依然として彼女のスマホは呼び出すが出ない状態が続いている。

「麻帆、どこにいるの……」

 スマホの画面は変わらずブラックアウトをしたままだ。


 麻帆はよく笑う子だった。

 私が練習する姿を見て笑い、私たちのステージを見て笑い、そして、メンバーとの反省会でもよく笑った。私にとって一番最初のファンであり、私たちにとって最高のファンのひとり。

 受験勉強をしているとき以外は私の練習に付き合っていたから、もしかしたら、私より振付を覚えてるんじゃないかって節すらある。彼女が振る私色のペンライトが何よりの道標だった。

 前回のライブの時、彼女は修学旅行でいなかった。もし修学旅行じゃなかったら、彼女はきっと、一人でも小さな手に3色のペンライトを持って私を導いてくれただろう。


 なんだ、ファンがいたじゃないか。


 大切な大切なファンが。誰も味方がいないと勘違いしていた自分を責めたかった。彼女はきっといつでも、これから先も私たちのステージを心待ちにしてくれているだろう。他のファンの人たちも、月1回くらいなら、とか、このライブハウスの時だけなら、って思ってくれてる人もきっとある、はず。

「私のことを待っていてくれる誰かがいる限り、私史上最高の楽しさを更新し続けたい」

 ステージに初めて立った時言ったその言葉に嘘はない。いつの間にか、大事なことが霞んでしまっていた。

 許されるなら、私はまたステージに立ちたい。


「落ち着いたか」

 遠藤が立っていた。コンビニの袋を下げていた。私は涙を指先で払って「大丈夫」と答える。遠藤は興味なさそうに「そうか」と言い、運転席に乗り込んだ。私も慌てて助手席側に回る。扉を開けて、「ちょっと待って」って声をかける。

 麻帆の番号を呼び、スマホを耳に当てた。電話中だった。

 電話中? ってことは、麻帆は生きてるってこと?

 ドアを開けて、遠藤にも「麻帆、電話中だった」って叫んだ。めずらしく遠藤がにこりと笑った。

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