第16話

 翌朝起きると、向かいで横になるかすみの寝顔が目に入った。かすみの部屋は東と南向きの角部屋なので、カーテン越しにも部屋を見渡せるほどに明るい。時間を確認しようとスマホを探すが、伸ばした手に当たらない。

 枕の隣に置いたはずなのに、あれ?

 寝返りをうって直接見てみるが、有りそうにはない。

「ん? なぁに?」

 私が動いているのに気が付いて、かすみも目を開けた。かすみは枕元に置いてあったスマホを開き、あれ?って顔をして私にそれを渡す。

「ごめん、私のじゃなかった」

 昨日寝ぼけて、かすみの枕の近くに置いたのだろうか。そうとしか考えられなかった。

 かすみは上半身を起こして、あたりを見回した。サイドテーブルの上に自分のスマホを見つける。

 渡された自分のスマホを開く。8時ちょうど。事務所での打合せは10時からだから、出発にはあと1時間しかない。

「かすみ、おはよう」

 私も上半身を起こす。ぐっすり寝たせいか声はかすれていた。かすみは癖っ毛をなでつけると、「おはよう」と笑った。

 私がステージデビューをする前はよくこうやって、かすみの家に泊まってフォーメーションや歌割の確認をした。3人とも成人していたので、そのままアルコールが入り、次の日かすれた声で挨拶するのが日課だった。なつかしい。かすみも同じように思い出して笑っている。


 いつからこうじゃなかったんだろう。


 集客とかSNSの数字に気を取られて、一緒に練習する、歌う、踊る楽しさを忘れてしまっていた。3人で歌って、踊って、それを観に来てくれる目の前のファンだけに集中できなくなっていた。昨日、遠藤に「ファン」と言われて、かすみと夜通ししゃべって、心にあった氷がぬくくなっていった。

 もしかしたら、かすみと姫夏は私のそれをわかっていたのかもしれない。わかっていたからあえて、私がそれに気づくのをずっと待っていてくれたのかもしれない。私の心はあの頃のまっすぐな気持ちを取り戻せそうだった。あとは姫夏がそろえば、私は元通りになれる。そして、あと2時間で姫夏に会える。

 普段は寝起きの悪い私だけど、今日だけはかすみも驚くくらいにしっかりと立ち上がった。


 トーストとプロテインで朝食を済ませ、簡単に身支度を整えただけなのに、すぐに家を出る時間になっていた。

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