第13話
かすみが桜の訃報を知ったのは、朝のニュースを観ているときだった。未明に起こった火災で死亡した人の中に名前を見つけた。
ライブが終わってシャワーを浴びてすぐに爆睡し、起きて寝ぐせにまみれた髪に悪戦苦闘するというのがかすみの日課だった。SNSに来ているメッセージを返信する手が止まる。火事のニュースが終わり、今夜の寒波の話題になった時、スマホでネットニュースを確認するが内容は大差なかった。
桜が死ん……だ?
事務所から電話が来たのがそれからさらに15分後、事務所に呼ばれて、SNS、ホームページの文言、発表のタイミング、次のライブへのスケジュール調整を行った。来週の練習は中止となり、以降の練習は予定どおり。来月の定期ライブも変更なしということに決まった。マダム(社長)やマネージャーさんにも「大丈夫?」「元気出して」と何度も言われたが、「大丈夫です」「がんばれます」と答えた。得意のポーカーフェイスがこんなところで役に立つとは。事務所で約2時間会議をした後、家に着いたのはお昼になる少し前だった。駅ナカで買ったサンドイッチを食べながら、ポーカーフェイスの仮面が涙とともに落ちていった。
サンドイッチを飲み込めないほどに、胸が苦しくなった。コーヒー牛乳も飲めなかった。
桜がボーカリストオーディションを受けた日、私は最低な願いをした。桜が落ちますようにって。私が祈ったとおり、桜は落ちて私は声をかけることができた。
はじめて、3人でレッスンを受けた時、桜は私たちの想像をはるかに超えて、周りと合わせて歌やダンスをすることができなかった。一人で練習しているときはまだマシだったが、フォーメーション練習になると、私と姫夏の動きを気にしすぎて、一歩遅れる、一拍遅れることが多かった。それでも仕事の合間を縫って自主練習を重ね、ステージデビューしたときは言い表せないほどにうれしかった。
はじめてのレッスンの時、誰よりも早く練習場に着き体育座りをして待っていた桜。
マネージャーさんや先生に注意されるたびに、地球の終わりってくらい落ち込む桜。注意されるたびに私が間に入った。その度に彼女は何度も何度も私と姫夏にありがとうと言った。姫夏は「大丈夫だよ」って桜を抱きしめた。私は、そういうの恥ずかしくてできなかった。だから、つとめて冷静に「もう一回がんばろう」って声をかけた。でも、本当は大好きな二人を抱きしめたかった。今となっては取り戻せない大切で大好きな時間を力いっぱい抱きしめておけばよかった。
「お疲れさまでした」
マスターの計らいでライブハウスの仕事は、いつもより早く上がらせてもらった。休んでもいいと言われたが、家に一人でいるのに耐えられなかった。結果的に、少しだけだけど、気持ちが落ち着いた。賄いのパスタも少しだけ食べることができた。
「一人で大丈夫?」
マスターの奥さんが声をかけてくれた。
「はい。明日もまた事務所で打合せなのでもう帰ります」
今後の活動について、事務所関係の人と姫夏と話すことになっている。何時からだったかと画面を見ると、桜のスマホから何度か着信が来ていた。桜の親戚からだろう。桜はもういない。
仕事中にも気付いていたが、桜の葬儀の日程やらを聞かされると思うと電話に出る気がしなかった。でも、もう、そうも言っていられない。ちゃんと桜をお見送りしなければ。
ライブハウスから地上への階段に出たところで、リダイヤルのボタンを押す。1段1段昇るたびに顔の表面が冷気に撫でられる。今夜は寒波が来るとニュースで言っていた。
地上に出る。2度のコールの後、電話がつながった。
「かすみ?」
その声を聞いて、私の目には一瞬で涙があふれ、崩れるように歩道に座り込んだ。それは私が一番聞きたかった声だった。
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