第4話
全身の力が入らないまま、廊下を運ばれている。当然だが、どこの部屋にも明かりはついていない。リビングの前を通ると、ソファーからはみ出たお父さんの足が見えた。
助けて。助けて。
喉が枯れ切ったように声が出ない。帰ってそのまま寝入ってしまったのか、こちらに気付く様子はない。
男たちは一直線に玄関へ向かう。扉が開けられると、横付けされたSUVが目に入った。後部座席に突っ込まれると、力の入らない足首、手首の順にロープが巻かれる。ささくれが皮膚に刺さって痛む。
リーダー格の男が私の隣に座り、運転席に座るもう一人に声をかけえる。
「時間に着けそうか?」
「はい。余裕です」
エンジンをかけると、アイドリングだけでも車が小刻みに揺れた。発信するとさらにエンジン音が大きくなった。敷地を出て右へ曲がる。区画整備された道路がまっすぐに延びている。この辺りはベッドタウンだが、この時間に歩いている人はいない。
「飲むか」とペットボトルの水を持たされるが、掴めずに下に落ちた。男はそれを拾い上げると、キャップを開けて私の口元に持っていく。うまく飲めずに咽(むせ)る。水はほとんど飲み込めなかったが、咳をしてさっきより目のピントが合ってくる。
あの家かな。
首だけ動かして、うちのある方向を見る。
もう帰れないのかな。
両親や妹にはもう会うことができないのかな。
さっきまでが嘘のように、涙が流れた。
直後、歪んだ視界に深夜に不釣り合いな明かりが入ってくる。
火事!?
一気に意識が覚醒した。跳ねるように体の向きを返る。
住宅街の一角から火柱が上がっている。うちが燃えている。
「戻って!」
声が出た。
「戻って! お父さんとお母さんを助けなきゃ!!」
隣に座る男に詰め寄る。
運転席からも声がする。
「どうします?」
男はろくに考えもせず「このまま行け」と答えた。
そんな――。
「お父さんとお母さんが死んじゃう!」
ありったけの声を出したせいで脳が酸欠になり、また頭が痛くなる。それでも夢中で男に叫んだ。叫んで、叫んで、私は意識を失った。
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