第3話

 ネットで調べたとおりやったら、練炭にすぐ火が点いた。

 もっと躊躇(ためら)ったり、手間取ったりすると思ったが、いともあっさりと死に近づいた。

 一酸化炭素が出るまでどのくらいの時間だったか、調べたが忘れてしまった。事務所とメンバーに連絡してないことに気がついたが、ファンはひとりもいないので誰も困らないと思いスマホを置く。

 起きて私を見つける両親には申し訳ないと思ったが、ふたりの顔を見たら思いとどまってしまいそうだったので、寝室の消灯を確認して声はかけていない。妹が修学旅行中だったのは不幸中の幸いだった。

 私が初めてスタジオに言ったとき、汗だくのかすみが声をかけてくれた。自分の練習をしてから、私の自主練にずっと付き合ってくれた。

 姫夏は私が落ち込んでいると、「新作のアイス買ってきたよ」ってくっついてきて、私が「暑い」って言うと、「だからアイス買ってきたんじゃん」って子どものように笑った。

 ふたりとずっとずっと活動したかった。でも、ふたりのことが大好きだったから、私が足を引っ張るのがすごくすごく嫌だった。

 エピソードが文字通り走馬灯のように流れて、涙が流れた。でも、これはさっきのような冷たい涙ではなく、あたたかい涙だった。

 練炭の燃える音が変わる。

 少しずつその時が近付く。

 意識が薄くなっていく。

 家族も、友達も、事務所の方々も、メンバーのふたりも、みんなみんな大好きだったよ。


 さようなら


 その瞬間だった。

 洗面所の扉が開けられ、浴室の扉に手をかけられる。

 内側からかけた鍵で手が止まる。

 何回か扉が蹴られる。


 がん! がんがん!!


 何?

 目を開いてそちらを見る。もう体には力が入らない。

 3回目で扉がこちらに倒れてくる。ガムテープの粘着力で一瞬止まるが、すぐに私に向かって落ちてきた。

 扉が避けられると、男が駆け寄ってきて私の右腕を持ち上げる。

「おい、立て!」

 全身に力も入らないし、声も出ない。

「おい! クソ。運ぶぞ」

 その男が私の肩を持ち、仲間の男が足首を持ち上げる。

 私は死ぬことができなかった。でも、それにほっとしている自分がいた。


 その日私は誘拐された。

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