番外編1(後編)一つになろう

 転送魔法陣は遺跡にて厳重な警備のもと管理されていた。だが、人間の秩序は魔物にとって歯牙にもかけないものだ。石造りの神聖な遺跡には、血が滴っていた。


 無骨な廊下を抜けて、一層の血の匂いと凄惨な跡の最奥に辿り着いた。小学校の体育館ぐらいの大きさの部屋に、真ん中の祭壇の上には大きな魔法陣が見える。あれが転移魔法陣だろう。


 不用心にもバルはずけずけと祭壇へと進んでいく。単純に警戒心が足りないのか、それとも自身の頑強さへの自身の裏付けか。


「バル先輩!危ないですよ!」


「オイラ的には一箇所に固まっている方が危ないと思うが」


「それもそうだ。犯人はまだ近くにいるだろうからな」


 このまま転送魔法陣に乗っては、敵の襲撃を受けた時に無防備だ。この惨状の作者を特定し、排除しなければならない。前衛と後衛で二人一組になって行動する。オレのペアはミナだ。


 部屋の壁を伝い、部屋を隅々まで確認した。しかし、見つかるのは血痕のみ。魔物は見る影もない。部屋に散った仲間と顔を見合わせて、結局早々に合流する。あっちも手掛かりなしのようだ。


「もう何処かに行ってしまったのかしら」


「その可能性は低いです。この部屋の通路はワタシたちが通って来た通路のみ。逃走を図ったなら、すれ違わないはずがない」


「そうね。血痕の具合から見てもそんなに時間は立っていないし」


 ならば、まだこの部屋に潜んでいるということになる。一体何処にだ。オレは天井を見て考える。が、そこに答えはあった。


 上からポタリと零れた。その液体は赤く、鉄の臭いがする。天井には蝙蝠のような魔物が大量にくっついていた。その中でも一際大きい蝙蝠は、人間の肉体を骨をしゃぶる犬のように味わっていた。


「全員、上だ!」


 大きな蝙蝠はオレたちに飛びかかる。オレは避けることができたが、足の遅いバルが攻撃を受けてしまった。しゃぶられていた死体が、オレの目の前に落ちた。


「おい!大丈夫か!?」


「おうよ、鎧だ」


「あれは…!クレセントウィング!吸血種の魔物です!嚙まれると魔力をゴッソリ持っていかれますよ!」


「…でけえのが一匹いるな。あれがボスか」


 クレセントウィングは至る所に張り付く。さっきまで殺風景な部屋だったのがウソのような数だ。オレたちは全員本格的な戦闘態勢に入る。


「こういう手合いはボスを叩けばOKよね」


「ボスへの攻撃はローグさんが、その護衛をバル先輩が。あとの皆さんはサポートに回りましょう」


「了解。ってことは今回は魔法メインか」


 リアがそのような采配を採ったのは、雑魚の数は相当多いからだろう。範囲攻撃に優れているオレを雑魚の掃討役に回した。


「もう行く、ちゃんと援護しろよ」


「オイラも行くぜ!」


 ローグは体勢を低くして、獣を思わせるような速度でボスへと切りかかる。バルも意気揚々とローグの後を追いかける。ボスは二人を迎え撃たんと、地上に降り立った。


「キュエエエエエ!!!」


 ボスが奇声を挙げた。すると、周りの小さい蝙蝠たちが羽を広げて、こちらに飛来する。やはり、アイツがボスか。


 後衛のオレたちは互いにフォローし合えるような距離にフォーメーションを組む。オレたちは襲い来る雑魚の処理だ。剣に炎を纏わせて、剣を振るう。蝙蝠は灰になっていく…はずだった。


「あら?この蝙蝠、あんまり魔法が効かなくないかしら」


「ほんとね。神聖魔法の通りが悪い」


 ミナとイラがぼやくように、魔法での攻撃の効果が薄い。生半可な威力では蝙蝠は魔法を抜けてきた。


「クレセントウィングにそんな特性はなかったはずですけど…」


「じゃあ、特殊個体ってことか」


 効き目が薄いのは魔法のみのようで、ボウガンでの戦闘スタイルのリアは的確に蝙蝠の処理をしている。ならば、コイツらには物理攻撃が有効ということか。すると、この分担はまずった。ミナとイラにはまともな物理攻撃手段がない。


「おい、こっちも問題発生だ!」


「アイツ、物理攻撃が効きづらいみたいだ」 


 ボスへ攻撃を仕掛けていた二人から、異常事態発生の報告が飛んでくる。どうやら、あっちは物理攻撃の通りが悪いようだ。オレは剣を構えて応戦する。


「二人とも!一旦、こっちこい!」


「「了解」」


 ローグはボスの顔面に戦闘で発生した瓦礫を蹴りでぶつけて隙を作り、ボスから距離を取る。蝙蝠の系譜なら視覚は悪いようで、避けられずに見事ボスは怯む。


「どうする?」


「ボスには魔法攻撃を試していない。タツヤ、お前が魔法でアイツを叩け」


 オレたちは雑魚を処理しつつ、編成の見直しをする。雑魚が魔法への耐性持ちなので、ボスも持っている可能性もあるが、流石にそれは完璧の生物になってしまう。試す価値はあるだろう。


「では、タツヤ先輩がボスへの攻撃役、バル先輩はタツヤ先輩の護衛、ローグさんは後衛で雑魚処理にしましょう」


「了解、俺も弓に持ち替える」


 ローグは剣を鞘に納めて、ミナに空間魔法で弓矢を出してもらう。ローグは武器全般の扱いが上手い。新たななポジションでも、十分に役割を果たせるだろう。


「バル、行くぞ!」


「おうよ、お前の身の安全はオイラに任せとけ!」


 オレは剣を携えて、ボスへ切りかかる。剣には既に魔力の渦が宿っている。ボスは羽に穴が開いていて飛ぶことがままならなかった。ローグの仕業だろう。


 オレは奴の首を目掛けて飛ぶ。しかし、流石に致命傷を避けるだけの行動は取れるようだ。剣は胴体へと吸い込まれていった。切り口から真っ赤な血が飛散した。思ったよりも効いていない所から、ある程度の魔法耐性はあるようだが、物理攻撃への耐性程ではなさそうだ。


「ギュエアアアアア!!!」


 地に足のつけたまま、ボスは三日月のような羽をはためかせる。強風が起きて、オレの身体は後ろに軽く吹き飛ばされる。着地は完璧に決めた。


 背後から一斉に羽ばたく音が聞こえた。雑魚の羽音だ。雑魚はボスを傷付けたオレに襲い掛かるのかと思ったが、ボスの傷口へとへばりついた。


「なんだ、なにをしている?」


「見て下さい!ボスの傷口を!」 


 ボスの露出した内部から触手のような血管が飛び出し、傷の雑魚を取り込んでいく。ボスの身体は急激に脈打ち、やがてボスの負傷はすっかりと治ってしまった。


「回復まで…、厄介ね」


「じゃあ、あれする暇もなく攻撃しないとだな」


「張り付きそうなのは俺たちで排除する。タツヤはボスだけを見ろ」


 仲間の顔を見れば、力強い瞳をしている。そうだよな、こんなとこで苦戦しているようじゃ、この先乗り切れやしないよな。


「任せたぜ!!!」


 身体を大きく見せるようなポーズを取り、威嚇してみせているボスに向かって駆け出していく。ボスは怯えたように後退りをしている。やはり、あの攻撃は応えたか。


 剣に魔法を伝わせる。攻撃範囲よりも一点の破壊に重きを置いた一撃が、このセルクトには籠っている。ボスは大きな右羽を前に突き出し殴り掛かる。オレはその攻撃を避け、ボスの攻撃は床に突き刺さる。


 オレの剣は蝙蝠の小さな足を捕らえた。下半身のバランスを崩し、前に倒れるボス。苦しそうにボスはまた奇声を挙げた。


「来たぞ!」


「はい、じゃあ行きますよー!!!」


 ボスに一目散に飛んでいく雑魚が、矢に打たれて墜落していく。雑魚がボスにまとわりつけない。ボスは焦ったように奇声を上げ続ける。


「切羽詰まったか!?オレが手羽先にしてやるよ!」


 オレの剣に付与された魔法は炎。うつ伏せになって無防備な背中が、叩くには丁度いい。足腰に力を込めて宙にまう。そのままオレの真下には奴の背中の真ん中が来た。剣を下に突き立てる。


 剣は背中を串刺しにし、一気に魔法を流し込む。ボスは一層大きな声を上げる。まだ、生きている。だが、マウントポジションは確立された。もう、お前は詰んだんだ。一太刀一太刀に魔法を込める。その一つ一つに肉を断つ感覚がある。


 やがて、ボスの身体は煙で見えなくなった。正しくない焼かれ方をした時の臭い

がする。オレの足元からは生物の体動はしなかった。


「終わったな」


「助かったぜ。皆は大丈夫か?」


「こっちも丁度終わった所よ」


 オレの護衛を務めたバル、後衛の皆が戦闘終了を察知して集まる。目立った怪我はなさそうだ。ちょっとあってもイラなら治せるだろう。


「もう前哨戦は終了だ。さっさと魔界に乗り込むぞ」


「ローグ、あんたホントにせっかちよね」


「昔からだ。お前はよく知っているだろう」


 幼馴染二人が話している。イラはせっかちというが、オレもローグの意見に賛成だ。先程の戦闘でも傷一つない祭壇の頂上を見る。転送魔法陣も無事のようだ。


 小休止をした後、祭壇への階段をキビキビと昇っていく。そして階段を登り終えたそこには、複雑怪奇かつ高度な巨大魔法陣が展開されている。


「遂に魔界か…」


「冒険者し始めて長いけど、魔界に入るのは初めてだわ~」


「未知の世界ですね。ちょっと武者震いが…」


「やっとか…、ここまで長かったな…」


「ローグ…」


 魔法陣に魔力を込めて、起動させるミナ。皆は魔法陣の中心へ集まっていく。


 ふと、今迄の旅が甦る。ここまで、長かった。辛いことは多かった。救えなかった人も沢山いた。しかし、振り返る暇はなかった。師匠、今のところのオレは何点かな。


「おい、タツヤ。何してんだ?」


「転送魔法陣の発動時に固まってないと、転送に時間のずれが発生しますよ!」


「あたし、待つのなんてイヤだから!」


「悪い、ぼーっとしてた!」


 ミナが言うにはあと三十秒程で転送される。オレは皆がいる中心へ急ぐ。転送魔法陣が輝きを生む。


「おい、皆、気合い入れるぞ!」


 魔法陣の中心で、皆で肩を抱き円陣を組む。円陣の文化がこの世界には無いから、皆困っているが、なんとなくわかってくれたようだ。魔法陣の中心の模様を囲むように、人の円が出来た。


「絶対皆で魔王倒すぞ!!!」


「「「「「おおー!!!」」」」」


 魔法陣の輝きが眩いほど強くなり、オレたちは光に包まれた。

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