番外編1(前編)違う空の下で

 つまらない夜空だった。仲間たちは寝静まったが、オレはしかし寝れない夜だった。それは一緒のテントに居るボルが五月蠅いからか。森の中に張ったテントを出て、木の抜け穴から見える星空を見て思う。


 この世界はオレが元居た世界とは違って、季節の概念が曖昧だ。気温は体感だが、十~二十五度の範囲を推移する。一年通してだ。


 勇者として旅を始めてから、三度目の年明けが迫っている。ここまで紆余曲折あったが、ついに魔王軍の本拠地の魔界への転移魔法陣まで辿り着いた。ここからは戦いが激化するだろう。こんな穏やかな夜は最後かもしれない。


 空に手を伸ばす。別に何かに届くワケでもないが。で、何か掴めたワケでもないが、グッと力を入れて捕まえた。


「何だ?感傷に浸っているのか?」


「…ローグ、か。うるせえ、ほっとけって」


 見張り番で一人起きていたローグが、オレをからかいに来やがった。コイツはこう言うところがあるからいけない。


「何か食うか?あの木にツルカが成っている」


「じゃあ、頼む」


 ツルカは草原ような黄緑色をした果実のこと。この世界では上等な食材として知られているが、オレはこれよりも上質な果実を知っている。


 ローグはツルカが成っている木にゆったりと近づき、投げナイフで器用にヘタを切り落とした。果実は重力に引っ張られて落ちていく。落ちた先はローグの右の掌だ。

ローグはオレにツルカを投げつける。


「ほらよ」


「んだよ、切ってくんねーのかよ」


「お前はそのままでも食うだろ」


 確かにオレはツルカを皮ごとかぶりつくこともある。しかし、それは皮をむくのが面倒なだけであって、皮付きが好きだからではない。


「じゃあ、私も食べるから、皮を剥いてくれないかしら」


「ローグさん!ワタシもお願いします!」


「うちの分も」


 背後から三種の声がした。寝ていたはずのパーティーの女性陣だ。皆まだ少し眠そうな声をしている。


「悪い、起こしたか?」


「大丈夫、あんたじゃなくてボルに起こされたようなものよ」


「ボル先輩、相変わらずいびきが大きいですよね」


「そういうタツヤくんは、そうじゃないようだけど」


 改めて起きていた理由を問われれば、オレにも解らない。ただ眠れない日だって、時にはあるだろう。


「コイツは空見て一人で感傷に浸っていただけだ」


「うるせえ、余計なこと言ってねえで、ツルカ足んねえから取ってこい」


 食べる人数が倍以上に増えたので、ツルカ一個じゃ足りない。ローグは仕方ないと言いたげな吐息を漏らしてから、森の方へ消えていった。


「空見て楽しいの?タツヤって、前にヒルオカの里で星空を見てた時も詰まんなそうな顔してたじゃない」


「へー、そうだったんですね。イラさんはよくタツヤ先輩を見ていますね」


「なっ、別にそんなんじゃないわよ。…ただ、ちょっと心配だっただけ」


 ヒルオカの里の星空は大陸で一、二を争う程の絶景だと、世界中を旅したと言われる冒険者レジャーによって評された空だ。だが、オレはその景色を見ても感動出来なかった。


「つまんねえな。こんな空見たって」


「じゃあ、何やってんのよ」


「何やってんだろうな」


「明日からは魔界入りよ。ちゃんと休んでおかなきゃ」


「そうだな。もう寝るか」


「おい、折角とってきたんだから食えよ」


 ツルカ狩りのローグが仰山抱えて帰ってきた。こんな夜中にそんなに食うかよ、普通。


 オレたちの中でまともな料理が出来るのは、リアとイラだけだ。だが、その二人を遥かに凌駕するほど、ローグの手先は器用だった。身の無駄が一切ないくらい丁寧に、あくびの一つでもしていれば果実が丸裸になっているくらい迅速に、皮は剝かれていった。


 一人一個、オレンジ色の果実が渡される。よく育ったいい果実だ。


「じゃあ、頂きます」


「暫く食えないだろうから、味わってな」


 明日からの魔界にツルカは育たない。魔力の流れが他と大きく異なるため。その流れが魔物が生息するのに最も適していたから、そこには魔物が住み着き「魔界」と呼ばれるようになった。これもレジャーの受け折だ。


「んで、お前は空みて何やってたんだ?」


「その話してたんだがな…」


「いや、ちゃんとオイラにも聞かせろ」


 また背後から声がした。誰の声かと言われれば、消去法ではじき出される答えは一つのみ。でけえいびきを上げて寝ていたボルの声だ。こんな夜中にパーティーメンバーが揃ってしまった。


「起きたか」


「おい、早く聞かせろ」


 何をしていたかと問われれば、それは難しい質問だ。特に何もしていなかったのだから。ただ、どうしてオレが空を見ていたのか、それには一つの答えがあった。


 しかし、それはオレの秘密に関わるものだった。でも、丁度いい機会だ。秘密と言っても、話していなかっただけに過ぎない。少し臆病なオレが引き止めようとしたけれど、口は既に言葉を紡いでいた。


「オレはこの空をつまんないと思っていた」


「…奇妙なこと言うわね」


「どうして、ですか?」


「星が少ないからだ」


 この世界は星が少なかった。クレヨンで塗り潰したように真っ黒い空には、ぽつりぽつりちしか輝きが見えなかった。ヒルオカの里でも、精々十や二十。ビーズをぶちまけてしまったようなあの星空には遠く及ばなかった。


「…昔、リアにはちょっと話したよな。オレの故郷の話」


「ええ、ワタシが一生歩き続けたとしても、辿り着けない場所にあるって」


「ああ…」


 オレは冷たい空気を深く吸う。言おうと思った寸前になって、臆病が強くなった。けど、吸い込んだ空気が年末のものにしては生ぬるかった。決心がついた。


「…オレはこの世界の人間じゃないんだ。このラスアリアの何処の生まれでもない」


 風が吹いて、木々のさえずりが耳に触る。鳥が空に逃げた。オレは空を見る。やっぱり、空はオレの望む空よりも静かだった。


「で、続きは?」


「え?」


「お前の出身は本題じゃないだろう。お前の故郷の星空はどうなんだ?」


 ローグはきょとんとした顔をしている。…ああ、もしかして何も言えなくて黙っていたんじゃなくて、オレが話すを待っていただけか。


「俺はお前が何処の生まれだろうと何ら問題はない」


「そうですよね。だって…」


「タツヤくんはタツヤくんでしょ」


「急にあんたが化け物に変わるとかないでしょ」


「おお、言いたいこと全部言われちまった…」


 何を重く考えていたんだろうな。真っ直ぐと皆はオレの瞳を見つめる。その瞳は夜空に輝く星なんかよりも眩しかった。


「そうだな、ありがとう」


「おい、早く続きを」


「急かすなよ。…そうだな、オレの知っている星空はな、こんな風に寂しくなかった。もっとうるさく輝いていた」


「へえ…」


 目を輝かせてオレの話に食い入る仲間たち。ロマンに惹かれるのは冒険者の性か。


「この世界の午前と午後は一切長さが変わんないだろう。オレたちの世界は違ったんだ」


「13時間と11時間って決まっているんじゃないんですか!?」


「不便ね」


「そうだな不便だった。だから、星空もころころと変わった」


 この世界は規則的だった。オレがいる世界よりも。わかりやすかったが、つまらなかった。


「不便だからこそ、不透明だからこそ、綺麗に見えた時に感動も一塩だった。近くにあるものを見方を変えた時に、違う発見があるように」


「難しいことを言う。オイラにはわかりやしねえな」


 そうだな、確かに抽象的なことを言った。ノウキンのバルには難しいかもな。


「じゃあ、いつか見せてやるよ」


「あら、貴方の故郷にはいけないんじゃないの?」


「そうだけど、再現したものを。ちょっと時間かかるだろうけど、待ってろ」


 もしかしたら、魔王を討伐した後の余生を全て費やすようなことかもしれない。でも、不思議とワクワクした。その為にも、まずは魔界に入って魔王を倒さなきゃな。


 今一度空を見上げた。変わらない星空のはずだったが、なんだかちょっぴり綺麗に見えた。

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