第23話 TOKYO Dreamer

 獣が居る神社まで、残り石段一段。既に獣の姿は視界に入っている。虎視眈々とオレたちが縄張りに入ってくるのを待っている。狩人のように。


「んじゃ、後は打ち合わせ通りに」


「神子さま…」


「大丈夫よ、これでもお姉さんは歴戦の猛者なのよ」


 最後の一段を上がる。オレとミナは戦場に立った。獣は四つの瞳の色が変わった。そして、また高く吠えた。威嚇のつもりか?


 獣はいつでも飛びかかれるように、体勢を作った。オレもセルクトを構える。ミナは空間魔法で、サンザルクを仕舞った。


 オレは魔法を唱える。身体強化魔法、素早さ特化、対象はミナ。これでも減退とミナが元々そんなに足が速くないのもあって、獣の方が紙一重で俊敏だろう。


「ふふっ、タツヤくん。失敗しないでね」


「こっちのセリフだ」


 そう言って、ミナは鳥居を潜る事なく、脇道を逸れて走っていった。獣は従来通り、ミナを追いかける。大きな地響きがする。


 作戦は開始された。オレも準備に移る。取り敢えず、援護射撃がしやすいように、罰当たりだが鳥居の上に登る。獲物を目の前に必死の形相で追いかける獣と、全速力で逃げるミナが良く見える。


「タツヤくん!援護!」


「わかってるっての」


 魔法を唱える。さっき、獣との戦闘で弾け飛んだ石のタイルをいくつか拝借しておいた。それを基に石の弾丸を形成する。石の弾丸は魔力でオレの頭上に浮遊し、掛けられた回転によって破壊力を増していく。


「ここなら、ミナに当たんなそうだな。ショット・エッグ!」


 音を切り裂く勢いで射出された弾丸は、獣の脇腹にトンネルを開通させる。獣は動きを止める。しかし、やはり威力減退が響いている。この魔法なら、あと数十発は撃ち込まないといけなさそうだ。


「どうだ?行けそうかー!?」


「ええ!そっちも始めて!」


 ミナからの合図を貰った。ので、作戦の本筋に移る。


 奴は魔法の威力を減退させているだけだ。吸魔剣のように無効化しているワケではない。なら、許容範囲を大幅に超える魔法攻撃なら奴に致命傷を与えられるだろう。オレの剣に洗練された魔力が籠る。


 獣は重傷を負っているものの、まだまだバイタリティに溢れている。そこいらにある建造物をなぎ倒して、ミナを追いかける。建造物の破片が危ないな。


「あらら、それは悪手じゃないかしら」


 ミナはそのチャンスを見逃さなかった。獣は破壊してはいけないものまで破壊してしまったのだ。それは、神社には必ずある手水舎だ。手水舎は神様に参拝する前に人間が水で手を清めるもの。奴はそれを破壊したことで、特に足を濡らしてしまった。


 ミナはサンザルクを再度取り出し、魔法を唱える。属性は氷。効果は単純で、相手を凍らせる。幾ら減退していようとも、単純故に魔力を大量に割けば、奴の足程度なら凍らせることなど朝飯前。びしょ濡れなら尚更。


「グワオオオオオオオ!!!」


 獣の足は凍り付いた。しかし、奴は知恵無き獣畜生。そんなのお構いなしと言わんばかりに、ミナとの鬼ごっこを再開しようとする。だが、それは叶わない。


 当然だが、獣は足を滑らせた。しかも、勢いがついていたばっかりに、まあ随分と勢いよく滑っちゃって。カーリングのようにオレがいる鳥居に突っ込んでくる。オレは上空へ飛んだ。


「アオオオオオオオオ!!!」


 獣は首から鳥居に突っ込んだ。鳥居はその衝撃に耐えられずに折れたが、折れた鳥居は獣を断頭台のように捕らえた。


「どうかしら?タツヤくん」


「ナイス、完璧だ」


 奴は速かった。そんな相手に攻撃を当てるならどうすればいいのか。答えは単純に、動けなくしてしまえばいいのだ。剣に籠った魔力は、奴の首を断ち切るのに十分過ぎる程の切れ味を帯びていた。


「さあ、去勢の時間だぜ!」


 オレは丁度いい具合に晒されている首目掛けて剣を振る。首がでかいため、時間こそはかかれども、豆腐を切るようにスッと刃が通っていく。


 オレの剣が輪を描いた。奴の首は飛んだ。獣は少しの間、ビクンビクンと痙攣した後、ピクリとも動かなくなった。




 赤く染まった参道を通り、拝殿に侵入する。イレギュラーがいるような神社だし、隈なく調査しなくてはならない。二手に別れて、ゾンビ事件に関してのヒント探しに繰り出す。しかし、見つかったのは…、


「お坊さん…、ゴメン。助けられなくって」  


 死後何日も立っているであろう袈裟を着ている遺体だった。死因であろう傷跡を見るに、獣に身体を食われたらしい。ゾンビ化しているようなパーツも見えるが、身体がばらけすぎて、動くことすらままならなかったようだ。


 オレと、行動を共にしていたほたると千鳥はお坊さんの遺体に向かって手を合わせる。オレは改めて誓う、この世界を救うことを。


 本殿を出て、ミナたちを合流する。そっちも大したものは見つからなかったらしい。今回は骨折り損のくたびれ儲けということか。まあ、お坊さんを発見出来ただけよしで。


「あっ、けどこんなものがあったわよ」


 そういってミナは自分についてこいと何処かへ歩き出してしまった。オレたちも雛のようについていく。ミナが案内したのは、小さな倉庫だった。


「これ、貰っていいんじゃないかしら」




「んと…。わっ!声が大きく聴こえるわ!」


 浮かれ拍子だった教会は、スピーカーから聞こえてきた音割れした声が聞こえてきた瞬間、水を打ったように静まり返った。ステージに立ったこの教会の神子さまは、マイクを使うのは初めてのようだ。


「えーっと、今日は皆さんにお酒の類を用意しました。もうそろそろ年が明けるようですね。今年は皆さん大いなる災難に見舞われました」


 周囲の至る所から、すすり泣くような声が聞こえてくる。それは自分の境遇を憂いてだろうか。または、ミナの言葉に当てられてだろうか。ミナは発泡酒が並々注がれたグラスを高く掲げる。


「けど、今日この夜だけは、お酒に呑まれてでも忘れてしまいましょう!さあ、パーッと飲みますよ!かんぱ~い!!!」


 オウムのように聞こえてくる乾杯の声。そして、ガラス同士が合わさる甲高い音。それはまるで讃美歌のハンドベルのようだ。


「おら!達也!飲め飲め!」


「おい、もう酔ってんのか…?」


 開始早々、絡みが中年のオッサンの千鳥。顔の色や呂律からアルコールに酔っている気配はないので、単純にテンションが上がっているだけか。


「ほら!ほたるも!」


「…未成年者飲酒禁止法、満20歳未満の飲酒行為は大正11年の法律で禁止されています」


「なにお堅いこと言っちゃって!」


「未成年者に飲酒を勧める行為は違法行為です。もし、ここで私が飲酒した場合、飲酒を勧めた千鳥さん、そしてそれはみすみす見過ごした達也さんは罰金が生じる可能性があります」


「おい、千鳥!未成年に酒飲ませていいワケねえだろ!!!」


 千鳥はしょぼくれながら、飲み相手を探す旅に出た。まあ、周りは浮かれ放題だ。すぐに見つかるだろう。ほたるは少し不満気にこの忘年会を見つめている。


「どうした?」


「私だって飲んでみたいですよ。あともう一年早く生まれてればな~…」


「お前のようなお子ちゃまにはまだ早えよ」


「むきー!いいですよ!あそこの子供たちと一緒にジンジャーエール飲んでやるー!」


 ほたるもぷんすかしながら、オレの下を去っていった。これでいい。オレは酔うと黙りこくるらしいから、一緒に居たって詰まらないだろう。


 端の方で一人で細々と酒をたしなんでいると、さっきステージに居た女がグラスを遊ばせながらオレの隣に座った。


「タツヤくん」


「ミナ。いいのか、新堂さんたちは」


「いいのよ。…あっちの世界でも時々こうやって飲んだわよね」


「そうだな」


「タツヤくんって、あんまり飲まないわよね。どうしてなのかしら」


 ミナの赤みがかった顔がコテンとオレの顔を覗き込む。オレは正面を見つめたまま。グラスの氷が音を立てた。


「酒は忘れさせるからな。オレには忘れちゃいけない物も沢山あるんで」


「…相変わらず、不器用ね。あのね、私は本当は…」


 ミナは残っていた酒を一気に飲み干した。そして、オレのグラスに無断で酒を注いだ。オレが何しやがるとミナの方を見れば、彼女はやってやったぜみたいなドヤ顔を浮かべている。


「今日は忘れて飲みなさい!これは神子の命です!」


「はあ?んなこと言ったって…」


 オレは気づいた。オレに向けられている数多の視線に。何故、視線が集まっているのか。少しだが、酒にやられたオレの頭には解らない。


「おい、新入り!おめえ、神子の酒が飲めねえのか!」


「そうだ、達也!お前ならいける!」


「あはは…、完全にアルハラですね…。けど、達也さん。勿体無いので飲んで下さい」


 外野がうるさくなってきた。折角、静かな隅を陣取っていたというのに。これだから、酔っ払いは面倒だ。


「おい、今日だけだかんな!」


「おっ、いけいけ!タツヤくん!」


 夜は更けていく。今晩は今年一な程冷え込むらしいが、この教会に寒さで凍える者は居なかった。彼らは皆、一夜の夢の中だった。




 やべえ、寝てた。頭が痛い。飲み過ぎか、これ?シャワー室だれも使ってないかな?


 周りに居る奴らも全員眠りこくっている。全体的に酒臭い。ほたるが千鳥と一緒にブランケットにくるまっている。千鳥がかなり薄着になっている。おっと、危ない。


「タツヤくん…」


 呂律の怪しいか細い声が聞こえてくる。テーブルに完全に乗っかって寝てしまっているミナから聞こえてきた。しかし、瞼は開いてない。


「私、本当は貴方たちが居れば十分なの…、バルくん、ローグくん、リアちゃん、イラちゃん。私は名前の大勢よりも、皆に生きていて欲しいの…」


 コイツはずっとこうだった。ソロの冒険者をやっていたところをスカウトしたから、勇者一行としての矜持は希薄だった。そういう意味では、オレとミナは仲間ではなく協力者だった。


「寝言は寝て言え」


 オレは孤独でもこの世界を救う。それが勇者たる者の責務だからだ。


 




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