第22話 勇気と経験とその場のノリ
その巨躯は本殿すら覆った。その四つの瞳は赤黒く血走り、その耳は角のように立ち、その牙は何物も穿たんとするほど鋭かった。目の前に急に現れ、すらっと伸びる四本足で立つコイツは、間違いなく獣だった。
「これも…、ゾンビですか…?」
「ははっ、いよいよバケモンだね…」
「総員、警戒!何してくるか、わかったもんじゃねえぞ!!!」
低く喉を鳴らす獣ゾンビ。腹に響くような重低音。ヤツは縄張りを荒らされたかのように敵対意識を向けている。バウリンガルでも使ってみようか、メッチャ怒ってるよ、あれ。
ヤツは空を見上げた。そして、ヤツは少し息を深めに吸い、月夜に崖に立つ狼が如く遠吠えをした。余りの大音量に耳を塞がずにはいられない。
「ンンンンンンンンンン!グルルルルガアアア!!!」
「来るぞおおお!!!」
セルクトを構えて、ヤツと相対する。だが、待てよ。この剣を握るのに、違和感がある。いつもよりも力が入らない。
獣はググっと身体を縮めて、突進の構えを取る。この角度、狙いは…!
「ミナ!避けろ!」
ヤツの巨体は弾丸を想起させるようなスピードで一直線に飛んだ。間一髪の所で、強化魔法を掛けたが、掛かりが弱い。コイツの仕業か?ミナの安否は獣の巻き上げた土埃のせいで解らない。
「無事か!?」
「ええ!大丈夫よー!…って、きゃっ!」
安堵も束の間、ミナの悲鳴が響く。何故か、ヤツはミナを目の敵にしている。声を上げたのはミナだけじゃない。しかも、初撃の際は、ミナは言葉を発していなかった。すると、コイツは索敵方法まで、イレギュラーなのか!?
「神子さま!」
「新堂さん!無暗に近づくな!アレは、アンタが如何にか出来る範疇を超えている!」
土煙がやっと晴れる。晴れたそこには、一生懸命に逃げ回るミナと、前足でハエを叩くような素振りで潰そうとしている獣の姿があった。オレは獣が気を取られている内に、ヤツの首目掛けて攻撃を仕掛ける。
「ミナ!もうちょい耐えてろよ!」
「はーやーくー!!!」
足腰に力を込める。助走を付けて目一杯に、オレの身体は飛んでいく。しかし、ヤツはぐるりと首を梟のようにねじらせ、急にオレにターゲットを変更した。
「グラオーーーーンンン!!!」
「くっ…!」
神社のしめ縄のようにしっかりとした尻尾が、オレに振り落とされる。身体の制御の不自由な空中で、獣の攻撃を受けた。オレの身体は地面に勢いよく叩きつけられる。石の通りが崩れた。
「達也さん!」
「トラジック・ランス!」
獣にミナの魔法が当たるのが見えた。今の魔法は、土魔法で作った槍を高速で打ち出す魔法。しかし、いつものキレがない。魔法の着弾部分からは出血が見られるが、大したダメージではなさそうだ。やはり、魔法が上手く使えない。
「全員!一旦撤退!階段の踊り場まで引くぞ!」
その声を聞いてオレの無事を確信したか、全員迷いなく指示に従う。獣は鼻をヒクつかせた。ヤツも迷いなく飛んだ。狙いは変わらず、ミナだ。
「また!?」
「今度はオレが援護する!」
オレが自身に強化魔法を使わない限り、運動能力は獣に軍配が上がる。よって、不調の魔法に頼らざるを得ない。オレは剣に魔力の閃光を纏わせる。
「貫け!」
オレはその場で剣を突き出す。剣に纏った閃光は、等速直線運動のように伸び、獣の胴体に小さな風穴を開ける。獣はよろめいた。
「今だ!全力で逃げろ!」
通勤電車に乗り遅れそうなサラリーマンよりも速く階段を降る。獣は階段を下って追ってくることはなかった。あの神社がヤツの縄張りなのだろうか。
「はあ、凄かったですね…」
「ミナ、お前も魔法が不調か?」
「ええ。その様子だとタツヤくんもね」
「達也、怪我は?」
「軽傷だ。問題ない」
魔力はオレたちにとって強力な武器だ。特にオレの役職は魔剣士。で、ミナは魔導士。魔力をガンガンに使って戦うスタイルだ。パーティーメンバーがそろってからは、こういう手合いはボルやローグの担当だ。
「魔力が不調って、どうすんの?」
「まあ、落ち着きなさんなって。ちゃんとこういう経験もありますとも。そう、アレは五年前のことだった…」
「えっ?回想入ります?」
そう、あれは五年前のシードル王国による、勇者選定御前試合の時だった。その場に集まった勇者候補は四人。カポルグ、オルテア、ローグ、そしてオレだ。この四人でトーナメント方式で戦い、優勝した一人が王国公認の勇者として魔王討伐の旅に出ることとなる。
その大会の一回戦の相手、カポルグ・ディアが今回の獣と重なる部分がある。
「やあ、君が一回戦の相手、タツヤだろう!僕の名はカポルグ・ディア。栄誉ある勇者の座に輝く者だ!」
その時のオレは思った。五月蠅い奴だな、と。目の前のパツキンイケメンはデカく口を開いて高らか笑う。
「君、悪いことは言わない。今すぐに辞退したまえ!君ではこの吸魔剣ヒュペリアスの前に露と消えるだけだ!」
言っちゃうんだ、それ…。「吸魔剣」はその名の通り、近くの魔力を吸い取り、魔法を使えなくしてしまう魔法剣。通常、魔法を使わない役職の者でも、魔力を吸い取られると、実力が七~八割程にまで減退してしまう。厄介な相手だ。
だが、その時のオレは引き下がるワケにはいかなかった。
「…ということでオレは不利を承知で、勇猛果敢にもカポルグに挑んでいくのであった」
「…魔法を封じる相手と戦ったのはわかりました。で、どうやって勝ったんですか?」
「普通に魔法使わないで剣で勝ったぞ」
「じゃあ、何だったんですか。今の回想」
「その頃って、まだローグくんが尖ってた頃よね。私も見たかったわ~」
「あー、この頃はまだオレたち出会ってなかったもんな」
「へー、ミナさんは仲間になったの後の方ってこと?」
「世間話はいいですから!あの獣を倒す方法考えましょう!」
おっと、いけない。ほっと一息ついてしまった。ほたるの言う通り、アイツを如何にかする方法を考えなくてはならない。
「なら、まずはヤツについて気が付いたことを上げてくれ」
間髪入れずに、新堂さんが手を挙げた。というか、新堂さんはほたると千鳥と違って、疲労の様子を一切みせない。流石、自衛隊員と言ったところか。
「ヤツは神子さまを執拗に狙っていたな」
「ええ、そうね。私、懐かれちゃったみたい」
「多分、ヤツは嗅覚で索敵をしている。鼻がヒクついているのを目撃した」
これも獣の特性といったところだろうか。ミナに狙うが集中していたのは、香水の匂いに反応しているのだろう。アイツの香水の香りは強い。首に切りかかったオレに気づいたのは、よくわからない。単純に獣の生存本能か。
「足が速いね。なんなら、達也より速いんじゃない?」
「ああ、魔法を使っていないオレよりも明らかに速い。それで魔法減退とは…、面倒な相手だな」
要は、獣は魔法でフィジカル差を誤魔化せない相手ということだ。魔法を上手に使えなかった頃にはよくあったケース。初心を忘れるべからずということか。
「そういえば、他のゾンビが一切いませんね」
「じゃあ、獣一匹に集中出来るね」
ここは幸運だった点だ。相手は一体。「異形」の時のように数が多いと、それだけでやりづらい。基本的にゾンビへの対抗手段がない、ほたる、千鳥、新堂さんに割く意識がガクッと落ちる。
「OK。獣についてはこれだけで十分だろう。アイツの気が変わらないうちに、もっかい行くぞ」
「行くのか?勝算は?」
勝算ね。ないかあるかで言われれば、ある。奴はタダのフィジカルギフテッド。そんな敵はラスアリアで何度も経験した。正直言って、銀行の「異形」の方が厄介だろう。国公認の勇者の力、ご照覧あれってカンジだ。
「大丈夫、任せとけ。自分より身体能力の高い敵と戦うことだって、一度や二度じゃなかった。そう、あれは六年前のことだった…」
「いいですよ、もう。どーせ、大したヒント出てこないんでしょう」
ということで、オレの過去話は割愛された。続きを聴きたい方はオフィシャルファンクラブにご加入下さい。ないけど。
「おい、ミナ。今回は二人で行くぞ」
「なっ…!そんな危険なマネ、神子さまにさせられるか!」
「私は全然構わないわよ」
オレの頭の中には、一個のプランがある。それには獣を惹きつけられる者一人居れば十分だ。それがミナで良かった。コイツは勇者一行、つまり人々を守る為に身命を賭すと誓った身。つーか、魔法が多少使えずとも獣相手に時間稼ぎ位出来んだろ。
「ミナ、お前にはちゃんと働いてもらうぜ」
「任せてちょうだい」
コイツはオレを信用している。オレもコイツを信用している。暫く、完全に背中を預けられる強者と共に戦うことはなかった。身に染みて感じる、非常に心強い。マジで危なくなったら助けるけど、それは杞憂だろ?
「さあ、でけえケダモノに弱肉強食の掟を教えてやろうぜ!!!」
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